喧嘩を売られたら、買って勝てばいいだけの話だ。よれよれの私服で都会の隅にある廃れた街中を歩いていても、誰も彼が『リチャード』と呼ばれている農村領主だとも気付かないくらいに馴染んでいる。

「噂の伯爵令嬢が近いうちに婚約破棄されて、お前がその次の婚約者に収まるってか。リッキー、おめぇは見える行動だけを語るなら、まるで演劇の中の悪党貴族みてぇだな」
「悪党だろう。違法薬物を買い取って、その倍以上の値段で貴族様方に売って稼いでもいるんだ。じゅうぶん『悪』さ」

 質の悪い煙草を好むお坊ちゃまがいるかよ、と、リチャードはそれを灰皿に潰した。
 立ち上がりながら「じゃ、そっちの取引は頼んだぜ」と言って、夜の下町に出る用のよれよれのジャケットを手に取る。

「俺は、その日は社交で用事がある。ドレックスの連中には、次回も欲しいなら売ると伝えておいてくれ」

 そう言って歩きだした時、「リッキー」と愛称を呼ばれた。