しかし、俺はそれに返事をする余裕がなかった。彼女の顔と、まるで小鳥が囀るようなやけに可愛らしい声を聞いた途端、酷い頭痛で脳がガンガンと揺れたのだ。

 それは一呼吸の間の事だったから、俺は倒れずに済んだ。

 頭痛が去った後、まるでこれまで靄がかっていたものが全て取り払われたくらいクリアになって――俺は愕然とした。


 自分が『前世』で悪党みたいな貴族で、目の前の彼女が、ゲームで聞くような『悪役令嬢』と呼ばれていたこと。いずれ婚約破棄されるという噂を聞いて、俺は彼女に近づいた。
 そして彼女が、自分の妻だったと全てを思い出した時、俺はひとまず一つのことを決めた。


 ガキらしい我が儘を言って、まずは幼稚園を変えてもらう。

 そうして俺は、もう彼女に会うこともないだろうと思いながら適当に挨拶を返し、その翌日、私立の幼稚園ではなく、一族初となる一般の幼稚園に通うことになったのだった。