リチャードが手放したくないと言わんばかりに、両手で包みこんでいる彼女の華奢な手をぎゅっと握りしめた。彼女がようやくいった様子で、涙が浮かぶ澄んだ空色の瞳を持ち上げて、あの言葉を口にした。

「どうして……出会って………ったんだろう」

 絞り出す声は、途切れ途切れで掠れていた。リチャードを見つめている彼女が、静かな悲しみを滲ませた表情で力なく涙を流した。

 不意に、記憶に残り漂う音が全て消えた。

 理樹が「なんだ?」と疑問を覚えた時、どこからか『彼女』の声が聞こえてきた。


――どうしてもっと早く、出会ってしまえなかったんだろう。


 理樹は、思わず目を見開いた。
 これは『彼女』の記憶なのだ、とどこか本能的にそう直感した。

 同時に、あの途切れ途切れに聞こえた言葉が全てではなかったのだと気付かされた。全くの解釈違いだ。ずっと謝罪だと思っていた声なく動かされた唇から、本来出されるはずだった呟きの言葉が、彼女の痛々しい想いと共に聞こえてきた。


――産まれた頃の婚約者が、貴方であったら良かったのに。
――ねぇ、神様お願い。もっと一緒に居たい。こんなにも離れ難いのに、今の私では、長くそばにいることが出来ないなんて。


 どうかもう一度、彼と出会わせて。今度はきっと、私から声を掛けに行くから。

 壁際の華になんてならない、勇気を出して「初めまして」から始めるの。
 何もかも覚えていなくたって、私、きっと愛した貴方を見付けられるわ。


 だって、こんなにも愛した人は、貴方だけだもの……