「帰りの時間は大丈夫なのか」

 それとなく尋ねると、沙羅がコックリと頷いた。調理部に戻ってからだいぶ泣いたらしい。その目は少し腫れていて、小さな鼻頭がほんのりと熱を持っているように色付いていた。

 沙羅がまだ濡れている長い睫毛を、ゆっくりと動かせた。室内に入った場所で足を止めたまま、ふっと潤んだ瞳を隠すように視線を落としてしまった。


「…………どうして好きになってくれないの、なんて、失礼なことを言って、ごめんなさい」


 囁くほどの小さい声で、彼女はそう切り出した。

 理樹は静かな眼差しを向けて、少し遅れて「座るといい」と目の前に置かれて椅子への着席を促した。沙羅が向かい合わせになった椅子まで歩み寄り、スカートを尻の下に敷くように手を滑らせて腰かけた。

 お互い机もない椅子だけを向かい合わせて座っているというのも、なんだか変な感じがした。理樹が開いた膝に手を置く向かい側で、沙羅は太腿の間に少し挟んだスカートの裾を、細く白い指先で少し触る仕草をする。