十歳も年下の妻の手を握り締めて、どうか彼女の最期が苦しくありませんように、と神に祈った。それくらいしか、してやれることはなかった。
 
 彼女が小さく唇を動かせていたが、もう声は出ていなかった。きっと、ごめんなさい、とでも謝られたのだろうと思った。
 最期に悲しい想いなんて噛み締めなくていいんだよ。そう思ってリチャードは、汗が滲んだ彼女の額に貼り付く前髪を後ろへと撫で梳いて「君を愛してる」と言葉をかけた。

 それが、彼女と過ごした最後の時間の全てだ。


「……多分、最後に『ごめんなさい』と謝られた。それが全てだと思う」

 そう答えると、拓斗が難しいと言わんばかりに頭をかいて「うーん、こういう真面目な雰囲気の理樹って、なんだか慣れないな」と言った。

「時々言い方が大人びて感じるなとは思ってたけど。お前ってさ、前世でいくつまで生きたんだ?」
「八十七。あの世界の当時の長寿が、九十歳前後だったから随分な長生きだ」
「マジか。おっさん通り越して爺(じじ)ぃじゃ――いてっ」