嫌いだなんて、記憶がないとしても彼女本人に言えるはずがないのだ。

 嘘であったとしても、悪党のよう貴族であった彼にも、それだけは口に出来なかった。
 同じ魂を持って、同じ顔をして、この世界でようやく手に入れた幸福な家族のもとで生き、苦しみも寂しさも知らずに笑う幸福な娘に、そんなこと言えるはずがない。

「愛する人を失って数十年を生きる絶望が分かるか、これが夢であったらどんなにいいかと、自分の死を願っても数十年も生きた苦しみを知っているか!」
「理樹、お前ちょっと落ち着――」
「泣かせて先に死んだ妻が目の前にいて、前世の記憶が戻って、それで冷静でいられると思うかッ? 俺は妻となった彼女に恋をして、愛して、共に生きて」

 喉まで膨れ上がった感情に呑まれ、一瞬言葉が詰まった。

「………………彼女が俺の、全てだったんだ」

 どうにか絞り出そうとした声も震えた。理樹は、拓斗の胸倉を掴む手を小さく震わせて、ゆっくりと視線を落とした。