彼女は心清らかで、小さな幸せの一つ一つを噛み締めて神に感謝するような、そんな女だった。その性格を考えるに、恐らくは初めて父や兄たち以外に知った男性として、幼馴染の婚約者も愛していたのだろうと思った。
 それなのに、彼女の一番目の婚約者であった男は、他の美しい女に夢中だった。それを利用して、リチャード・エインワースは、まんまとその婚約破棄後の新たな婚約者に収まったのだ。

 リチャードだってすぐに気付いた。結局のところ、サラ・グレイドが悪役令嬢なんていう事実はどこにもなかった。

 正規の婚約者を横からぶんどった男爵令嬢は悪くないという、はじめから仕組まれ用意された舞台の中で、相手のろくでもない男は多くの友人に祝福されて結婚した。それを冷静に外から見ていた少数派は、その真実にはとっくに気付いていた。

 しばらくの沈黙のあと、拓斗が「あのさ」とぎこちなく口を開いた。

「それ、漫画とかゲームとか、夢の話か……?」
「………………」

 理樹は、親友に背を向けたまま黙っていた。