別に緊張するほどのことでもないだろう。
 理樹はそう伝えるように、目から少し力を抜いてこう口にした。

「髪、少し乱れてるぞ」

 だから問題なければ俺のほうでぱっと整えるが、とそう提案してみてら、なぜか彼女の顔がみるみるうちに耳まで赤く染まった。

 思わず彼女の名前を呼び掛けて、理樹は口を閉じた。再会した時から、それは口にしないと決めていたか。相手の女性に、余計な期待心を抱かせてしまうだろう。

「…………あの、九条君。ごめんなさい……その……恥ずかしい、です」

 沙羅が視線をそらし、か細い声でそう言ったと思ったら、そのまま勢いよく立ち上がった。
 理樹がびっくりして「どうした」と尋ねる声を遮るように、彼女は「これにて失礼しますッ」と早口で告げて、こちらも見ずに逃げ出して行ってしまった。

 廊下に居合わせた生徒たちが、走っていく沙羅を見送った。理樹は小さくなっていく後ろ姿を、呆気に取られた顔で見つめていた。

「…………なんだ、あれ」