けれど初心であれば都合が良い。
 俺は、どうすれば女が好意を持ってくれるのか知っている、ろくでもない男だったからだ。

 初めは警戒されたとしても、どうにかなるだろうという自信を持っていた。しかし、次の瞬間、彼女の顔に警戒もない柔らかな微笑が浮かんで、俺は予想もしていなかったその反応に、数秒ほど次に用意していた台詞が出て来なくなってしまった。


――お初にお目にかかります。わたくしは、グレイド伯爵家の末の娘、サラと申しますわ。


 子供みたいな細く澄んだ、小さな声だった。

 変な女だ。余程大事に育てられてきたらしい。その笑顔には、婚約者の心がこちらにないと知っているかのような寂しげな印象が漂うものの、それを心底悲しくて、流れている噂のように相手の女が妬ましいといった感情については、微塵にも窺えない気がした。


 二人の恋路を邪魔する、幼い頃からの婚約者である伯爵令嬢。

 けれど彼女の婚約者と堂々と恋人のように振る舞い、今もなお一番目立つ場所で踊っている、太陽のような自信を美貌に溢れさせる金髪の男爵令嬢は、はたして何も悪くないのか。