理樹はしばし、そんな沙羅を見下ろした。愛想のない真顔で見つめられた彼女が、ちっとも疑問を覚えていないような大きな瞳をパチリとさせて、小動物のように「ん?」と小首を傾げる。

「――おはよう。足は平気みたいだな」

 理樹は特に表情も変えず、遅れて挨拶を返した。口にして初めて、入学してから今日まで、こんな風にまともに『おはよう』なんて言ったことはなかったな、と気付かされた。

 すると数秒遅れて、沙羅が大きな瞳を輝かせた。素早く挙手したと思ったら、嬉しそうに笑ってこう言った。

「筋肉痛もすっかりなくなりましたッ」

 その表情を近くから見下ろしたまま、理樹はそっと、僅かに目を細めた。

 こちらから他にかける言葉は何も浮かばず「そうか」とだけ答えた。そばにいた拓斗が、元気だなぁと小さく笑って「沙羅ちゃん、良かったじゃん」と通学鞄を肩に背負う。


「九条君好きです! 私と付き合って下さい!」


 唐突に沙羅が、こちらに向かって頭を九十度に下げて、右手を差し出してきた。既視感を覚える姿勢と告白に、理樹は間髪入れず「断る」と言って、拓斗に顎で合図して歩き出した。

 下げていた頭を起こす沙羅の横で、レイが「待てコノヤローッ」と叫んだ。