「でも待てよ、桜羽さんのことだから『一人に渡すなんて……』ってはじめ躊躇しそうな気がしないか?」

 ふと、一人のクラスメイトがそう呟いた。
 木島がガバリと振り返り、その男子生徒が「なんだよ?」と見つめ返す中、真顔のままゆっくりと親指を立てた。

「その可能性、採用」
「木島、顔から表情がごっそり抜け落ちてるぜ。その顔は女子にゃアウトだ」
「なるほど、躊躇した彼女に、気を利かせた五組の女子が『それなら桜羽さんのは多めに残して――』とかだったら最高だな」
「そうなると、つまり俺らにもおこぼれはある」

 少年たちは、互いの健闘を称え合うかのように頷き合った。そして、普段は嫉妬だったり納得いかんとばかりに文句を言っている顔に、ここぞとばかりに爽やかな笑みを浮かべてこちらを向くと「九条、ナイスだ」と言った。

 何がナイスなのか全く分からないし、こういう時だけいいように解釈するのはどうかと思う。

 彼らは「とにかく俺らは知らぬ振りでいくぞ」と決めて話し合いを終了した。そして、女子生徒が戻ってくると何食わぬ顔――というよりは、普段より少し格好付けた涼しげな表情で、次の授業の教科書などを用意し始めた。