鳴海には部屋でくつろいでくれと言い、柚子と玲夜は自室へと場所を移す。
 子鬼たちはまだ少し鳴海のそばにいるとついていった。
 まろとみるくは龍となにやら話し中のようで、ふたりだけ。
 部屋に入り扉を閉めるや、後ろから玲夜が抱きしめる。
 背中に感じる玲夜の温もりに、確かな存在が伝わってくる。
 柚子はくるりと体制を変え、自分からも玲夜に腕を回して抱きついた。
 玲夜がここにいることを確かめるように、しっかりと捕まえる。
 そして、顔を見合わせると、どちらからともなくするキス。
 たった数日のことなのに、何年も離れた恋人のようにお互いの存在を噛みしめた。
 部屋のソファーに玲夜が座り、横抱きにされながらいる柚子は、ずっと玲夜にぴとりとくっついている。
「……鳴海さんも災難だよね。あんな人に目をつけられるなんて」
「花嫁を見つけたあやかしの中には、強引な手段に出る者も珍しくはない」
 もしも、自分だったら……。柚子は思う。
「玲夜だったら同じことをした?」
「俺か?」
 誰よりも権力のある玲夜なら、たとえ柚子が嫌がったとしても、簡単に手中に収めてしまえるだけの手段がいくらでもあるだろう。
「私は家族と折り合いが悪くて、花嫁に憧れがあったし、玲夜が花嫁だって言ってくれて戸惑いも大きかったけど嬉しさもあった。でも、普通に考えたら、鳴海さんみたいに拒否しちゃうのが普通だよね」
 突然花嫁だと言われて、はいそうですかと素直に受け入れるのは難しいのではないか。
 そう考えると、自分はなんとチョロい女だったのだろうか。
 いくら当時追い詰められていて冷静な判断ができなかったとはいえ、初対面の相手の家に、出会った直後についていったのだから。
「まあ、正直、玲夜に花嫁にって言われて拒否できる人がいるか分かんないけど……」
 なにせ鬼の中でもトップレベルの容姿だ。
 多少の傲慢さを見せても、鎌崎と違って花嫁だと言われて喜ぶ人は少なくないはずだ。
「でも、私が嫌がった可能性もあるわけだし、そうしたら玲夜はどうしてた?」
 玲夜が鎌崎のような卑劣な行いをするとは思えないが、少し気になった。
「そうだな。もし柚子に嫌がられていたら、とりあえずは様子を見て……」
「様子を見て?」
「柚子に好かれるように一生懸命口説く」
 ふっと笑った玲夜は、柚子の頬を撫でる。
「柚子が俺に落ちるまで、何年かけてでも愛を伝え続ける。だから思う。あの男は馬鹿だなと」
「あの男って鎌崎って人?」
「ああ。もしかしたら真摯に気持ちを伝えていたら、相手も受け入れてくれたかもしれないのに、そのチャンスを無駄にしたんだからな」
「真摯って、あの人には無理じゃないかな。だってすでに奥さんがいるんだよ。しかも、政略結婚とかじゃなくて、恋愛婚だよ? 私その情報見て言葉を失ったもの」
 柚子とて玲夜に桜子という婚約者がいると知った時には言葉を失った。
 自分は騙されているんじゃないかと思ったし、ショックだった。
 それは一族が決めた政略だと聞いて、玲夜が好んで決まった婚約じゃないと分かって安堵したものの、複雑だったのは間違いない。
 それなのに、愛し合った奥さんがいるというのだから、鳴海が拒否するのは当然だ。
「じゃあ、もし玲夜が結婚していたらどうしてた? あやかしにとって花嫁が特別なのは理解してるつもりだけど、花嫁だからって簡単に相手を変えられてしまえるものなの? 花嫁を見つけた瞬間に奥さんはどうでもよくなっちゃうの?」
 疑問がどんどん湧いてきて、質問が止まらない。
「それでも俺は柚子を選んでいただろうな。それまでの妻を捨てても」
 即答してくれたのは嬉しいが、それまでの妻を捨ててもという発言には複雑な気分になる。
 すでに玲夜と結婚しているからか、どうしても奥さんの気持ちになってしまうのだ。
 突然愛した旦那に、他に相手ができたからと捨てられたら……。
 柚子ならショックで立ち直れない。
「うー。玲夜に他の女性ができるなんて考えたくない」
 柚子は眉間にしわを寄せて少々不細工な顔になってしまっている。
 そんな顔すら愛おしいというように、玲夜は優しい眼差しで柚子を見つめる。
「俺の場合は一族が決めた桜子だったからな。鎌崎という男のように、愛した相手を捨てるという気持ちは分からない。そもそも、これまで柚子以外の誰かに好意を持ったこともないし」
 これには柚子もびっくりだ。
「えっ、ひとりも? つき合ったりは……さすがに桜子さんがいるから駄目か。でも、この人いいなとか、初恋とか」
「いないな。昔も今もこれからも、俺には柚子だけだ。他には必要ない」
 思わず柚子は赤面してしまう。
 玲夜には自分だけ。それがどれだけ柚子を嬉しくさせているか、玲夜に伝わらないのが悔しい。
「だが、鎌崎という者のように、花嫁を見つけてそれまでいた恋人や妻を捨てて花嫁に走るあやかしは少なくない。花嫁はあやかしの本能だからな。だが、本能だけで生きているわけではない。柚子の友人のように、花嫁を得ずに別のあやかしとの幸せを選ぶ者だっている」
「うん」
 蛇塚と杏那のように。
「結局はそのあやかしの本質次第だ。それは人間同士でも同じじゃないのか?」
「確かにそうだと思う」
 人間同士でも浮気する者もいるし離婚する者もいる。
 でも、生涯ひとりの人を大切にする人間だっている。
 鎌崎は前者だったということかと、柚子は納得してしまった。
「私が花嫁だからないって分かってるけど、玲夜は私以外に目を移さないでね」
「柚子が危なっかしくて、そんな暇はないさ。たとえ柚子が花嫁でなかったとしても、それは変わらない。俺だけの柚子だ」
 玲夜はクスリと笑い、柚子に触れるだけのキスを落とした。