翌朝、朝食の席につくと、向かいに鳴海が座っている。
「おはよう、鳴海さん。昨日は眠れた?」
「こんな状況で眠れるわけないじゃない」
 ぎろっとにらまれて、柚子は苦笑する。
 昨日は少しデレたのに、また今日はツンが戻ってきている。
 鳴海のような者をツンデレと称するのだろうと、柚子は失礼なことを考えていた。
 しかし、彼女との付き合い方がだいぶ分かってきた気がする。
 朝食もいつもより豪華なのは、料理人がはりきったおかげだろう。
 片っ端から食べていくのになかなかお皿が空になってくれない。
 はりきりすぎである。
「あんたはどうするの?」
 柚子が首をかしげると「学校よ!」と、鳴海は声を荒げる。
「うーん。私がいない間になにか問題があっても困るから、私も休もうかな」
「あんた、この前まで休んでたじゃない。そんなんで、試験受かるの? 旅行に行くのに大丈夫なの?」
 その言葉に柚子は目を丸くし、感動したように鳴海を見た。
「なによ」
「旅行行くのを金持ち自慢とか言ってたのに、心配してくれるの? ありがとう」
 柚子がほわほわとした笑みを浮かべると、鳴海はカッと頬を赤くする。
「そんなんじゃないわよ! ただ、私のせいだとか後から言われたくないだけよ!」
 強い反論にも、柚子はニコニコとした笑みを浮かべていた。
 決して嫌な性格の子ではなかったのだと、知れて柚子は嬉しかった。
 理不尽に嫌われていたわけではない。
 ただ、自分ではどうにもできない状況に追い込まれていただけなのだ。
「借金を返せたら鳴海さんのお父さんのお店に行っていい?」
「はあ!? 嫌よ、絶対に来ないで」
 鳴海は嫌がっているが、透子を連れて行ってみようと密かに考えていた。
「それより、本当に宝くじ当たるのよね?」
 鳴海の視線が、テレビを見ている龍に向けられる。
 肌身離さずを律儀に守り、腹巻きのようにくじ券を胴体に巻いてリボンでくくりつけられている龍の姿は、とても神に近い崇高な生き物とは思えない。
「大丈夫……と思う」
「思うじゃ困るのよ! 絶対に当ててくれないと」
「じゃあ、もう少し擦り込んどく?」
 龍に視線が集まると、龍は己の危機を感じて逃げ出した。
「あっ。こら! 子鬼ちゃん、捕まえて!」
「あーい!」
「あい!」
 子鬼がすかさず追いかけるが、うにょうにょと動き回る龍に手こずっている様子。
 それを見たみるくがまず動き。続いてまろも大きく伸びをしてから、お尻をフリフリして飛びかかった。
『四対一とは卑怯だぞ! ぎゃあぁぁぁ』
 どうやらすぐさままろに捕まったらしく、咥えられて戻ってきた。
 頭のいいまろは龍を柚子の前にぼてっと落とす。
 そこを子鬼が捕獲する。
『わ、我は霊獣であるからして、とても崇高な生き物であってだな……』
「つべこべ言わない」
 有無を言わさず、柚子は再び龍に乾布摩擦するように擦った。
 すると、まろが近づいてきて、くじ券を持っていた手に擦り寄ってきた。
「アオーン」
「なに、まろ?」
 なにが言いたいのか分からない柚子は、猫たちの通訳係でもある子鬼に目を向けた。
「まろが、自分もそれで撫でてくれって」
「それって、くじ券?」
「アオーン」
「自分とみるくの力も込めておくって」
 霊獣三匹分とはどれだけの御利益があるのだろうか。
 それに、非協力的な龍と違ってまろのなんて健気なことだろうか。
 まろとみるくは自分からくじ券に頭を擦りつけ始めた。
 それを黙ってみていると、慌ただしく雪乃がやって来た。
 その顔はなぜか不満げである。
「奥様、おくつろぎのところ申し訳ございません。客人……と言っても、招かれざる客人ですが、いらしておりますが、どう対処いたしましょうか?」
「招かれざる客人って誰ですか?」
「鎌崎風臣でございます」
 柚子がはっと鳴海を見ると、鳴海はひどく顔を強張らせていた。顔色も悪い。
「本当は追い返そうかと思ったのですが、玲夜様より、どうするかは奥様の一存に任せるとのご命令でしたので。もちろん、追い返しますよね?」
 雪乃はやる気満々で、腕まくりをしている。
 柚子としては当然追い返すことが先に頭を占めたが、すぐに思い直す。
 鎌崎風臣という男がどんな男なのか、純粋に興味を抱いたのだ。
 鳴海とは話し合いにならなかったようだが、相手が花嫁ということで理性的ではなかった可能性もある。
 第三者が間に立てば、もしかしたら話し合いが成立するかもしれない。
 とはいえ、要注意人物を屋敷内に入れるのははばかれる。
 そこで、柚子が決断したのが……。
「雪乃さん。門の前でいいので、話がしたいです」
「そんな、奥様。あんな雑魚にお手を煩わせずとも、私どもで対処いたします。二度とその面を出せぬように調教いたしますから」
 ギラリと雪乃の目が光った。
「一度話をしてみたいんです。奥さんがいながら鳴海さんを花嫁と呼んで迎え入れようなんてどういうつもりなのか」
 柚子の目は真剣そのものだった。
「ですが……」
 雪乃としては、毛ほどの危険すら柚子に近づけさせたくないのは分かる。
 それでも、逃げてばかりもいられない。
 借金を返した後も、鳴海の安全を確保するためには、多少の衝突はやむなしだ。
「私ひとりというわけではありません。ちゃんと護衛の人たちに周りを固めてもらいますから」
 あやかし相手に人間の柚子ひとりで立ち向かうほど、柚子も馬鹿ではない。
 花嫁とは呪いだと言ったのは誰だったろうか。
 花嫁を相手にすると、愚かな行動も起こしてしまえるのが花嫁を見つけたあやかしなのだと、さすがの柚子ももう知っている。
「承知いたしました。すぐに場を用意いたします」
 雪乃は心配を拭いきれない顔をしながらも、柚子の我儘に付き合ってくれるようだ。
「ありがとうございます」
 雪乃に礼を言ってから、鳴海に向かい合う。
「じゃあ、ちょっと話してくるから、鳴海さんはこの部屋から出ないでね。子鬼ちゃんたちは鳴海さんと一緒にいて」
「あーい」
「あい」
 以前なら玲夜の命令を優先させて、てこでも危険のある柚子から離れなかっただろうが、自分たちの意志で柚子を選んだ子鬼たちは、柚子の命令を聞き、不安そうな顔で座る鳴海の肩に乗った。
 本当は龍にもいて欲しかったが、柚子が発言する前に柚子の腕に巻きついてしまった。
『我も行くぞ。そいつのせいで我の大事な鱗が剥がれそうになったのだ。迷惑をかける愚か者がどんな奴か顔を拝んでやるのだ』
「いいけど。先に手を出しちゃ駄目だからね」
『それはあっちの出方次第だ』
 やれやれと肩をすくめ、柚子は気合い十分で鎌崎の元へ向かった。