五章
鳴海を連れて屋敷へと帰ってきた。
屋敷には玲夜が結界を張ってあるので、玲夜より弱いあやかしなら跳ね返してしまえる。
それに玲夜に屋敷を任された多くの使用人たちがいるので、鳴海にとって自宅にいるより安全な場所だろう。
「ここがあんたの家?」
鳴海は屋敷を見て呆気にとられていた。
今の鳴海の気持ちは十分に分かる。
なにせ、柚子もこの屋敷に初めて訪れた時は、鳴海と同じような顔で驚いていたのだから。
「うん。私の、というよりは旦那様のね。私はごくごく一般的な家に生まれたから、最初の頃は毎日のように驚いてたよ」
はたして、柚子の家庭をごくごく一般的と言っていいのかは置いておいて、屋敷の大きさと立派さに驚いたのは間違いない。
鳴海に本家を見せたらもっと驚くだろうなと思いつつ、屋敷の中に入る。
使用人たちがずらりと並んで出迎えるその様子に、鳴海は口元を引きつらせていて、柚子も苦笑してしまう。
「これだけ美形がそろってると、逆に怖いわね」
「そうだね。鬼は特に綺麗な人が多いから」
初見の人はやはりそういう感想を抱くのかと、柚子はなんだか親近感が湧いた。
逆に大喜びしていた透子の図太さを改めて確認させられる。
柚子のそばに雪乃が近づいてきて、荷物を受け取ろうと手を伸ばす。
柚子は手渡しながら鳴海のことを話す。
「すみません、雪乃さん。こちら鳴海さんって言うんですけど、今日から数日間屋敷に泊まるので、客間の用意をお願いしてもいいですか?」
「ご安心ください。すでに客間には必要なものを取りそろえております」
柚子は「えっ!」と驚いたが、きっと運転手がすでに報告をしていたのだろう。
ならば玲夜にも話しが伝わっているはずだ。
「ありがとうございます。助かります」
雪乃はニコニコと微笑んでいる。
「玲夜様には、のちほど奥様から詳細をご説明ください。その方がお喜びになりますから」
その言葉で、やはり玲夜に話がいっていることを察する。
そして、許可が出たからこそ、客間の用意がすでにされていたのだと思う。
「そうですね。玲夜には夜連絡します」
にっこりと笑みを深くした雪乃は、パンパンと手を叩く。
すると、別の女性の使用人が鳴海の荷物を手にし、「さあさあ、鳴海様はこちらへ。お部屋へご案内いたします」と、案内を始めた。
「えっ、ちょっと……」
困惑する鳴海に向け、柚子は手を振る。
「今日はいろいろとあったから、ひとまず部屋で休んで。夕食の時間になったら呼ぶから。ご両親にも、心配ないことを連絡していた方がいいと思うし」
「……そうね、分かった。また後で」
「うん。後でね」
とりあえず鳴海と別れて、柚子も自分の部屋へ行くと、まろとみるくが近づいてきた。
「アオーン」
「ニャーン」
すりすりと頭を寄せる二匹を撫でてから、柚子は深いため息をついた。
「今日は濃い一日だったなぁ。まさか鳴海さんにあんな事情があるとは」
柚子の予想以上だった。
あんな目に遭っていたら、そりゃあ、あやかしにも花嫁にもいい印象を抱くはずがない。
というか、花嫁に出会う率が高すぎるのではないか。
花嫁に選ばれるのはまれだと聞いたのに、この遭遇率はどうなのか。
かくりよ学園ならば分かるが、妹に親友に、たまたま入った学校の同級生。
こんなにも花嫁とはいるものなのだろうか。
実は知られていないだけで、いまだ発見されていない花嫁はもっと多くいるのではないだろうか。
それに、花嫁を抜きにしたとしても、柚子の周りで問題が必ず起こっている気がする。
『柚子は巻き込まれ体質なのではないかと我は思うのだが、お前達はどうだ?』
「あーい」
「思う~」
子鬼が迷いなくうんうんと頷いているのを見て、柚子はなんとも言えない表情になる。
柚子もほんのり思ってしまっていたからだ。
「玲夜が怒っていないといいんだけど……」
柚子に激甘な玲夜なので、怒っていても最終的には許してくれるだろう。
だが、鳴海のことは以前から玲夜も知っているはずだ。
問題なのは、いい情報ではなく、悪い情報として玲夜に伝わっていることである。
鳴海は料理学校に行っていこう、柚子になにかと難癖をつけてきていたのは、玲夜も知るところであり、澪だったなら協力してくれそうだが、これまでの印象が悪い鳴海だとすると、玲夜からの苦言は覚悟しなければならないかもしれない。
相手があやかしなので、玲夜の協力は絶対必要だ。
しかし、鳴海を屋敷に受け入れてくれたというなら、協力してくれる可能性は決して低くはないはず。
「勝負は電話の時かな」
どう説明しようかと頭を悩ませていると、雪乃から夕食の準備ができたと知らせに来てくれた。
柚子にとってはいつも通りの夕食。かと思ったが、いつもより豪華なのは気のせいだろうか。
鳴海が驚いたように「すごい……」と目を大きくしているが、普段はこれほどの品数はないので、勘違いしないでいただきたいものだ。
「雪乃さん。今日はなにかイベントごとでもありましたっけ?」
「いいえ。ございませんよ」
「でも、なんだか料理が豪華なような……」
「ああ、それはきっと奥様が透子様以外のご友人を連れてこられたと聞いて、料理人たちがはりきったのでしょう。透子様以外で女友達を連れてこられたのは今日が初めてですものね」
その言い方では、まるで柚子に女友達が透子以外にいないように聞こえるではないか。
現に鳴海が気の毒そうな目を向けてきている。
この誤解は解いておかねばならない。
確かに屋敷に連れてきた女友達は透子だけだが、友人はそれなりにいるのだ。
ただ、あまりにも高級な屋敷に恐れをなして、来てくれないだけである。
手芸部部長は訪れた機会はあったが、玄関までだったので、もてなすということをしなかった。
「決して友達がいないわけじゃないからね」
「うん。分かったわ」
鳴海の目はまったく信じていないようで、柚子はがっくりとした。
きっとなにを言っても、鳴海の中では友達の少ない子というイメージが定着したに違いない。
料理学校でも澪以外に気安く話している子がいないのも原因だ。
この誤解はなかなか解けそうに思えなかった。
あきらめて食事を始める。
「ご両親には連絡ついた?」
「うん。鬼のあやかしの家だって言ったら心配そうにしてたけど、料理学校の同級生の家だからってことと、鬼の家なら手を出せないって伝えたらちょっと安心したみたいよ」
「それならよかった」
鳴海の両親も、鳴海のようにあやかしに対して好意的な感情は持っていないと想像できる。
あやかしに嫌がらせされている現状で、あやかしの家にいると聞いたら驚くのは当然だ。
「相変わらず家の前にいるの?」
「うん。ずっと外から見張られてるって」
隠れることもしないあたりが、鳴海に対してプレッシャーをかけているつもりなのだろうと。
早く花嫁に来いと。
「ねえ、いっそのことご両親もここに呼んだら?」
「えっ?」
「だって、ずっと見張られてるんでしょう? この屋敷みたいに守ってくれる人もいないんだし、鳴海さんに手が出せないからってご両親の方に手を出される可能性があるんじゃない? 最悪人質とか」
その可能性は考えていなかったのか、鳴海の顔が強張る。
「ご歓談中のところ失礼いたします」
突然、雪乃が話しに割って入ってきた。
「鳴海様のご家族に関しましてですが、すでに家の方に護衛を向かわせておりますので、人質などの心配は不要と存じます」
「お父さんもお母さんも大丈夫……なの?」
力なく問う鳴海に、雪乃は見るだけで安堵するような柔らかな笑みを浮かべた。
「我が鬼の一族に、かまいたちごときに出し抜かれる者はおりません。ご家族のことは私どもにお任せください。必ずお守りいたします」
今にも泣きそうにくしゃりと顔を歪めた鳴海は、ほっとしたように表情を緩め、雪乃に深く頭を下げた。
そして、柚子もお礼を言う。見張られていると聞いた瞬間に、鳴海の家族への対処をしておくべきだった。
まだまだ自分は甘いなと認識させられる。
「ありがとうございます。雪乃さん」
「お礼でしたら玲夜様に。すべては玲夜様のご指示ですから」
玲夜はまるでこちらの状況を見ているかのようだと、柚子は安心感を抱く。
玲夜がいるんだと思うと、なんでもできる気がしてくるから不思議だ。
しかし、本音を言うと、自分が勝手に動いた問題に玲夜を煩わせたくはない。
「明日の学校は休んだ方がいいと思うんだけど、鳴海さんはどうする?」
鳴海はしばらく考え込んだ後、口を開く。
「迷惑じゃなければ、お金が手に入るまでいさせてくれる? 学校も休みたい」
これまでの強気な鳴海からは考えられないほど弱々しい問いかけ。
それだけ重圧がかかっているのだろう。
「うん。学校へ行っている間になにかあったら大変だからそうしたらいいよ。ここにはたくさん人がいるから、困ったことがあったら相談して」
柚子は安心させるように微笑むと、鳴海は視線を彷徨わせ、なにか言いたそうに口を開閉している。
柚子が首をかしげると、小さくその言葉は耳に入ってきた。
「あ、ありがとう……。その、いろいろと助けてくれて」
恥ずかしがるようにつぶやかれた言葉はしっかりと柚子の耳に届いた。
「どういたしまして」
柚子はくすりと笑った。
そして食事が終わると、雪乃が柚子に書類を渡してきた。
「雪乃さん。これは?」
「鳴海様に迷惑をかけている鎌崎風臣という人物の資料です。玲夜様より、奥様にお渡しするようにと言づかっています」
「玲夜」
留守にしていながらも先回りして柚子のために動いてくれている。
こぼれ落ちた笑みには、玲夜への信頼と愛情が込められていた。
それを見た鳴海は複雑な表情をしている。
「あんたはあやかしの旦那とうまくいってるのね」
「うん。そうだね。今のところは問題ないかな。重いって思われるぐらい深い愛情をかけてくれてるけど、私はそれを嫌だなんて思ったりはしていないから。それに、鎌崎だっけ? そんなのと玲夜を比べられたくない。彼のような人ならほとんどの女性が嫌がると思うし」
鳴海から聞いた限りでは男としてもあやかしとしても最低である。
柚子だって玲夜がそんな裏工作をして無理やり手に入れようとしてきたら、それまで愛があったとしても冷めるだろう。
しかも鎌崎は初見でやらかしてしまっている。
愛情なんて生まれるはずがないのだ。
「あやかしどうこうじゃなくて、絶対にそいつ個人が悪いと思うの」
力強く断言すると、ようやく鳴海がクスリと笑った。
「でしょう? あんなの絶対にごめんだわ。五億積まれたって嫌よ。どんなにイケメンでもね」
「あやかしは容姿がすごくいいもんね」
雪乃から渡された書類に目を通していた柚子は、ぎょっとする。
「えっ! この人、既婚って書いてるけど、結婚してるの!?」
勢いよく鳴海を見れば、鳴海は若干怒りを宿した顔で頷いた。
「そう! そうなのよ! 私が断る理由のひとつでもあるんだけど、そいつ奥さんいやがるのよ」
少々口が悪くなっているが、気持ちは分かる。
柚子もまさか既婚者とは思わなかった。
「しかも、相手三十過ぎてるじゃない。鳴海さんは十八歳?」
「そうよ」
「それ犯罪ギリギリ……」
もちろん愛があれば十八歳なら結婚できる年齢でもあるし問題はないが、その愛がないのだからどうしようもない。
ただのロリコンである。
「う~わ~」
柚子は分かりやすくドン引きしている。
「奥さんいるのに十八歳に言い寄るってどうなの? しかも花嫁として迎えるつもりなのに、まだ離婚してないみたいだし」
その上、よくよく書類を確認してみると、鎌崎という男は奥さんと恋愛婚である。
あやかしの世界では、いまだに政略結婚が多い。
それはより強い跡継ぎを作るためであり、一族をさらに繁栄させるためである。
だからこそ、強い子を産み、夫となる者の霊力を高める花嫁は大事に大事にされるのだ。
玲夜と桜子のように、あるいは東吉が透子と出会う前に婚約していた人のように、一族に決められた婚約なら、花嫁の登場で簡単に破談になるのは分かる。
すべては一族の繁栄のための婚約だから。
しかし、鎌崎は今の奥さんと愛し合って結婚しているのだ。
それなのに花嫁が現れたから花嫁を優先させるとはどういうことなのか。
奥さんはどうするのか。
「とんだ、クソ野郎でしょう?」
「否定できない……」
「奥さんを理由に断ってみたら?」
「それで聞かなかったからこうなってるのよ」
もはや言葉も出ず、柚子は書類を鳴海に渡した。
鳴海は終始嫌そうに書類を眺めている。
そこには嫌悪感しかなく、どう転んでも鎌崎と手を取り合う未来があるようには見えない。
これは逃げの一手だ。
夕食を終えると、柚子は玲夜に電話をかけた。
「大丈夫か?」
開口一番柚子の心配を口にする玲夜に、柚子はクスクスと笑う。
「うん。大丈夫」
「どうやらいろいろとあったらしいな」
「そうなの。でも玲夜が先回りしてくれたおかげで助かってる。本当にありがとうね。大好き」
いつだって、どこにいても柚子を第一に考えて助けてくれる玲夜に、想いを告げる。
「…………」
しかし、沈黙が返ってきて柚子は首をかしげた。
「玲夜?」
「そばにいられないのが惜しいな。今すぐ抱きしめたくなった」
「私も。玲夜に早く会いたい」
そして力いっぱい抱きしめてほしい。
「そんなことを言うと余計に会いたくなるだろう」
「私も会いたいの我慢してるんだから、玲夜も我慢してよ。ねぇ、仕事はまだかかりそう?」
「ああ。しばらくかかりそうだ」
「そっか……」
柚子はがっくりとした。
玲夜の存在を感じられるからこそ、玲夜に会いたくなってしょうがない。
「早く帰ってきてね」
「ああ」
その日は夜遅くまで、今日あった出来事を話し続けた。
鳴海を連れて屋敷へと帰ってきた。
屋敷には玲夜が結界を張ってあるので、玲夜より弱いあやかしなら跳ね返してしまえる。
それに玲夜に屋敷を任された多くの使用人たちがいるので、鳴海にとって自宅にいるより安全な場所だろう。
「ここがあんたの家?」
鳴海は屋敷を見て呆気にとられていた。
今の鳴海の気持ちは十分に分かる。
なにせ、柚子もこの屋敷に初めて訪れた時は、鳴海と同じような顔で驚いていたのだから。
「うん。私の、というよりは旦那様のね。私はごくごく一般的な家に生まれたから、最初の頃は毎日のように驚いてたよ」
はたして、柚子の家庭をごくごく一般的と言っていいのかは置いておいて、屋敷の大きさと立派さに驚いたのは間違いない。
鳴海に本家を見せたらもっと驚くだろうなと思いつつ、屋敷の中に入る。
使用人たちがずらりと並んで出迎えるその様子に、鳴海は口元を引きつらせていて、柚子も苦笑してしまう。
「これだけ美形がそろってると、逆に怖いわね」
「そうだね。鬼は特に綺麗な人が多いから」
初見の人はやはりそういう感想を抱くのかと、柚子はなんだか親近感が湧いた。
逆に大喜びしていた透子の図太さを改めて確認させられる。
柚子のそばに雪乃が近づいてきて、荷物を受け取ろうと手を伸ばす。
柚子は手渡しながら鳴海のことを話す。
「すみません、雪乃さん。こちら鳴海さんって言うんですけど、今日から数日間屋敷に泊まるので、客間の用意をお願いしてもいいですか?」
「ご安心ください。すでに客間には必要なものを取りそろえております」
柚子は「えっ!」と驚いたが、きっと運転手がすでに報告をしていたのだろう。
ならば玲夜にも話しが伝わっているはずだ。
「ありがとうございます。助かります」
雪乃はニコニコと微笑んでいる。
「玲夜様には、のちほど奥様から詳細をご説明ください。その方がお喜びになりますから」
その言葉で、やはり玲夜に話がいっていることを察する。
そして、許可が出たからこそ、客間の用意がすでにされていたのだと思う。
「そうですね。玲夜には夜連絡します」
にっこりと笑みを深くした雪乃は、パンパンと手を叩く。
すると、別の女性の使用人が鳴海の荷物を手にし、「さあさあ、鳴海様はこちらへ。お部屋へご案内いたします」と、案内を始めた。
「えっ、ちょっと……」
困惑する鳴海に向け、柚子は手を振る。
「今日はいろいろとあったから、ひとまず部屋で休んで。夕食の時間になったら呼ぶから。ご両親にも、心配ないことを連絡していた方がいいと思うし」
「……そうね、分かった。また後で」
「うん。後でね」
とりあえず鳴海と別れて、柚子も自分の部屋へ行くと、まろとみるくが近づいてきた。
「アオーン」
「ニャーン」
すりすりと頭を寄せる二匹を撫でてから、柚子は深いため息をついた。
「今日は濃い一日だったなぁ。まさか鳴海さんにあんな事情があるとは」
柚子の予想以上だった。
あんな目に遭っていたら、そりゃあ、あやかしにも花嫁にもいい印象を抱くはずがない。
というか、花嫁に出会う率が高すぎるのではないか。
花嫁に選ばれるのはまれだと聞いたのに、この遭遇率はどうなのか。
かくりよ学園ならば分かるが、妹に親友に、たまたま入った学校の同級生。
こんなにも花嫁とはいるものなのだろうか。
実は知られていないだけで、いまだ発見されていない花嫁はもっと多くいるのではないだろうか。
それに、花嫁を抜きにしたとしても、柚子の周りで問題が必ず起こっている気がする。
『柚子は巻き込まれ体質なのではないかと我は思うのだが、お前達はどうだ?』
「あーい」
「思う~」
子鬼が迷いなくうんうんと頷いているのを見て、柚子はなんとも言えない表情になる。
柚子もほんのり思ってしまっていたからだ。
「玲夜が怒っていないといいんだけど……」
柚子に激甘な玲夜なので、怒っていても最終的には許してくれるだろう。
だが、鳴海のことは以前から玲夜も知っているはずだ。
問題なのは、いい情報ではなく、悪い情報として玲夜に伝わっていることである。
鳴海は料理学校に行っていこう、柚子になにかと難癖をつけてきていたのは、玲夜も知るところであり、澪だったなら協力してくれそうだが、これまでの印象が悪い鳴海だとすると、玲夜からの苦言は覚悟しなければならないかもしれない。
相手があやかしなので、玲夜の協力は絶対必要だ。
しかし、鳴海を屋敷に受け入れてくれたというなら、協力してくれる可能性は決して低くはないはず。
「勝負は電話の時かな」
どう説明しようかと頭を悩ませていると、雪乃から夕食の準備ができたと知らせに来てくれた。
柚子にとってはいつも通りの夕食。かと思ったが、いつもより豪華なのは気のせいだろうか。
鳴海が驚いたように「すごい……」と目を大きくしているが、普段はこれほどの品数はないので、勘違いしないでいただきたいものだ。
「雪乃さん。今日はなにかイベントごとでもありましたっけ?」
「いいえ。ございませんよ」
「でも、なんだか料理が豪華なような……」
「ああ、それはきっと奥様が透子様以外のご友人を連れてこられたと聞いて、料理人たちがはりきったのでしょう。透子様以外で女友達を連れてこられたのは今日が初めてですものね」
その言い方では、まるで柚子に女友達が透子以外にいないように聞こえるではないか。
現に鳴海が気の毒そうな目を向けてきている。
この誤解は解いておかねばならない。
確かに屋敷に連れてきた女友達は透子だけだが、友人はそれなりにいるのだ。
ただ、あまりにも高級な屋敷に恐れをなして、来てくれないだけである。
手芸部部長は訪れた機会はあったが、玄関までだったので、もてなすということをしなかった。
「決して友達がいないわけじゃないからね」
「うん。分かったわ」
鳴海の目はまったく信じていないようで、柚子はがっくりとした。
きっとなにを言っても、鳴海の中では友達の少ない子というイメージが定着したに違いない。
料理学校でも澪以外に気安く話している子がいないのも原因だ。
この誤解はなかなか解けそうに思えなかった。
あきらめて食事を始める。
「ご両親には連絡ついた?」
「うん。鬼のあやかしの家だって言ったら心配そうにしてたけど、料理学校の同級生の家だからってことと、鬼の家なら手を出せないって伝えたらちょっと安心したみたいよ」
「それならよかった」
鳴海の両親も、鳴海のようにあやかしに対して好意的な感情は持っていないと想像できる。
あやかしに嫌がらせされている現状で、あやかしの家にいると聞いたら驚くのは当然だ。
「相変わらず家の前にいるの?」
「うん。ずっと外から見張られてるって」
隠れることもしないあたりが、鳴海に対してプレッシャーをかけているつもりなのだろうと。
早く花嫁に来いと。
「ねえ、いっそのことご両親もここに呼んだら?」
「えっ?」
「だって、ずっと見張られてるんでしょう? この屋敷みたいに守ってくれる人もいないんだし、鳴海さんに手が出せないからってご両親の方に手を出される可能性があるんじゃない? 最悪人質とか」
その可能性は考えていなかったのか、鳴海の顔が強張る。
「ご歓談中のところ失礼いたします」
突然、雪乃が話しに割って入ってきた。
「鳴海様のご家族に関しましてですが、すでに家の方に護衛を向かわせておりますので、人質などの心配は不要と存じます」
「お父さんもお母さんも大丈夫……なの?」
力なく問う鳴海に、雪乃は見るだけで安堵するような柔らかな笑みを浮かべた。
「我が鬼の一族に、かまいたちごときに出し抜かれる者はおりません。ご家族のことは私どもにお任せください。必ずお守りいたします」
今にも泣きそうにくしゃりと顔を歪めた鳴海は、ほっとしたように表情を緩め、雪乃に深く頭を下げた。
そして、柚子もお礼を言う。見張られていると聞いた瞬間に、鳴海の家族への対処をしておくべきだった。
まだまだ自分は甘いなと認識させられる。
「ありがとうございます。雪乃さん」
「お礼でしたら玲夜様に。すべては玲夜様のご指示ですから」
玲夜はまるでこちらの状況を見ているかのようだと、柚子は安心感を抱く。
玲夜がいるんだと思うと、なんでもできる気がしてくるから不思議だ。
しかし、本音を言うと、自分が勝手に動いた問題に玲夜を煩わせたくはない。
「明日の学校は休んだ方がいいと思うんだけど、鳴海さんはどうする?」
鳴海はしばらく考え込んだ後、口を開く。
「迷惑じゃなければ、お金が手に入るまでいさせてくれる? 学校も休みたい」
これまでの強気な鳴海からは考えられないほど弱々しい問いかけ。
それだけ重圧がかかっているのだろう。
「うん。学校へ行っている間になにかあったら大変だからそうしたらいいよ。ここにはたくさん人がいるから、困ったことがあったら相談して」
柚子は安心させるように微笑むと、鳴海は視線を彷徨わせ、なにか言いたそうに口を開閉している。
柚子が首をかしげると、小さくその言葉は耳に入ってきた。
「あ、ありがとう……。その、いろいろと助けてくれて」
恥ずかしがるようにつぶやかれた言葉はしっかりと柚子の耳に届いた。
「どういたしまして」
柚子はくすりと笑った。
そして食事が終わると、雪乃が柚子に書類を渡してきた。
「雪乃さん。これは?」
「鳴海様に迷惑をかけている鎌崎風臣という人物の資料です。玲夜様より、奥様にお渡しするようにと言づかっています」
「玲夜」
留守にしていながらも先回りして柚子のために動いてくれている。
こぼれ落ちた笑みには、玲夜への信頼と愛情が込められていた。
それを見た鳴海は複雑な表情をしている。
「あんたはあやかしの旦那とうまくいってるのね」
「うん。そうだね。今のところは問題ないかな。重いって思われるぐらい深い愛情をかけてくれてるけど、私はそれを嫌だなんて思ったりはしていないから。それに、鎌崎だっけ? そんなのと玲夜を比べられたくない。彼のような人ならほとんどの女性が嫌がると思うし」
鳴海から聞いた限りでは男としてもあやかしとしても最低である。
柚子だって玲夜がそんな裏工作をして無理やり手に入れようとしてきたら、それまで愛があったとしても冷めるだろう。
しかも鎌崎は初見でやらかしてしまっている。
愛情なんて生まれるはずがないのだ。
「あやかしどうこうじゃなくて、絶対にそいつ個人が悪いと思うの」
力強く断言すると、ようやく鳴海がクスリと笑った。
「でしょう? あんなの絶対にごめんだわ。五億積まれたって嫌よ。どんなにイケメンでもね」
「あやかしは容姿がすごくいいもんね」
雪乃から渡された書類に目を通していた柚子は、ぎょっとする。
「えっ! この人、既婚って書いてるけど、結婚してるの!?」
勢いよく鳴海を見れば、鳴海は若干怒りを宿した顔で頷いた。
「そう! そうなのよ! 私が断る理由のひとつでもあるんだけど、そいつ奥さんいやがるのよ」
少々口が悪くなっているが、気持ちは分かる。
柚子もまさか既婚者とは思わなかった。
「しかも、相手三十過ぎてるじゃない。鳴海さんは十八歳?」
「そうよ」
「それ犯罪ギリギリ……」
もちろん愛があれば十八歳なら結婚できる年齢でもあるし問題はないが、その愛がないのだからどうしようもない。
ただのロリコンである。
「う~わ~」
柚子は分かりやすくドン引きしている。
「奥さんいるのに十八歳に言い寄るってどうなの? しかも花嫁として迎えるつもりなのに、まだ離婚してないみたいだし」
その上、よくよく書類を確認してみると、鎌崎という男は奥さんと恋愛婚である。
あやかしの世界では、いまだに政略結婚が多い。
それはより強い跡継ぎを作るためであり、一族をさらに繁栄させるためである。
だからこそ、強い子を産み、夫となる者の霊力を高める花嫁は大事に大事にされるのだ。
玲夜と桜子のように、あるいは東吉が透子と出会う前に婚約していた人のように、一族に決められた婚約なら、花嫁の登場で簡単に破談になるのは分かる。
すべては一族の繁栄のための婚約だから。
しかし、鎌崎は今の奥さんと愛し合って結婚しているのだ。
それなのに花嫁が現れたから花嫁を優先させるとはどういうことなのか。
奥さんはどうするのか。
「とんだ、クソ野郎でしょう?」
「否定できない……」
「奥さんを理由に断ってみたら?」
「それで聞かなかったからこうなってるのよ」
もはや言葉も出ず、柚子は書類を鳴海に渡した。
鳴海は終始嫌そうに書類を眺めている。
そこには嫌悪感しかなく、どう転んでも鎌崎と手を取り合う未来があるようには見えない。
これは逃げの一手だ。
夕食を終えると、柚子は玲夜に電話をかけた。
「大丈夫か?」
開口一番柚子の心配を口にする玲夜に、柚子はクスクスと笑う。
「うん。大丈夫」
「どうやらいろいろとあったらしいな」
「そうなの。でも玲夜が先回りしてくれたおかげで助かってる。本当にありがとうね。大好き」
いつだって、どこにいても柚子を第一に考えて助けてくれる玲夜に、想いを告げる。
「…………」
しかし、沈黙が返ってきて柚子は首をかしげた。
「玲夜?」
「そばにいられないのが惜しいな。今すぐ抱きしめたくなった」
「私も。玲夜に早く会いたい」
そして力いっぱい抱きしめてほしい。
「そんなことを言うと余計に会いたくなるだろう」
「私も会いたいの我慢してるんだから、玲夜も我慢してよ。ねぇ、仕事はまだかかりそう?」
「ああ。しばらくかかりそうだ」
「そっか……」
柚子はがっくりとした。
玲夜の存在を感じられるからこそ、玲夜に会いたくなってしょうがない。
「早く帰ってきてね」
「ああ」
その日は夜遅くまで、今日あった出来事を話し続けた。