翌日、朝に確認すると写真どころかアカウントごと消されていて、やはり高道が動いたのかと察する。
 しかし、しっかりと拡散された後なのであまり意味はないのかもしれない。
 昨夜出張中の玲夜と電話をしたのだが、投稿されたもののことは話さなかった。
 あるいは玲夜から話が出るかとも思ったが、話す内容は自分がいない間の柚子を心配する言葉ばかり。
 玲夜が言い出さないならわざわざ知らせる必要もないかと言い出さなかった。
 投稿のことはすでに透子が高道に話しているというし。
 電話では、新婚旅行のことを話した。
 どこへ行きたいか。
 なにをしたいか。
 どうやら仕事のせいで何日も日にちは空けられないらしく、海外は無理だとなり、国内のどこかにしてくれとお願いされた。
 柚子は玲夜と一緒にいられるならどこへでもよかったので、問題はない。
 柚子から希望したのは、できるだけ護衛の人からも離れて、ふたりきりでいられる場所でゆっくりとしたいというものだった。
 完全に護衛を切り離せないのは分かっている。
 その上で、護衛を離して過ごせるなら嬉しいと告げたのだ。
 この日ばかりは子鬼や龍からも離れて、玲夜とふたりの時間を堪能したかった。
 玲夜もその願いに否やはなく、静かな場所を探してくれるらしい。
 いくつか候補を出して、ふたりで決めようとなった。
 少しずつ現実味を帯びる新婚旅行に、柚子の期待は高まっていく。
 だが、その前に試験を攻略せねばならない。
 料理の実技試験なので、こればかりは玲夜では教えられないので、頑張れとだけ応援された。
 新婚旅行のためなら意地でも合格を獲得してみせると意気込む。
 そえして今日も学校へ行くと、柚子が机に座るや、わらわらと女子生徒たちが集まってきた。
 昨日の今日である。嫌な予感がするのは仕方ないというもの。
 そして、その予感は的中してしまう。
「ねぇ! 鬼龍院さんって結婚してるの!?」
「あの写真の人が旦那さんなの?」
「あの人って前にも学校に来てたことあるよね?」
「本当にそうなの?」
 次から次へと息もつかせぬ怒濤の質問攻撃に、柚子はタジタジに。
「なんで黙ってたの!?」
「教えてくれればいいのに」
 黙ってたのかもなにも、教えるほど彼女たちとは仲がよくないではないか。
 もちろんそんなことを口にしようものなら、鬼の首を取ったように責められるので口にはしないが、勘弁してほしい。
 ほっといてくれというのが素直な気持ちだ。
 なのに、彼女たちは遠慮なく質問を続行する。
「ねえ、どうやってあんな人と出会ったの?」
「紹介してよ」
「どんな仕事してる人なの?」
「鬼龍院さんってよくブランド物持ってるし、お金持ちなの?」
 うるさい!と怒鳴れたらどれだけいいだろうか。
 そんな勇気はないので、柚子はどうしようかと戸惑うしかない。
 初めて玲夜の花嫁と周りに知られた時も大騒ぎとなったが、当時は高校生で、柚子を取り囲んだのは友人たちだった。
 多少遠慮はないが、信頼関係がそこにはあったので、問い詰められても嫌な気はしなかった。
 困ったなぁと思っただけ。
 けれど、今は違う。
 人気シェフでもあったストーカー教師に贔屓されていたために、女生徒から嫌われており、そこに信頼関係などまったくない。
 これまで避けていたくせに、玲夜に関わりがあると知るや寄ってくる彼女たちには、嫌悪感しか抱けない。
 だんだんと柚子の表情がなくなっていく。
 それにも気づけず質問を続ける女子生徒たちに怒りも湧き出して来た時、彼女たちの騒がしい声をかき消すほどの大きな声が教室内に響いた。
「うるさーい!!」
 びくっと体を震わせたのは柚子以外にも数人いた。
 ぴーちくぱーちくうるさかった女子生徒たちは一気に静まり返り、声の先に顔を向ける。
 先ほどの声の主はどうやら澪だったようだ。
 澪は腰に手を当てて、怒りの表情を浮かべている。
「ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ、うるさいわね。あんたたちに恥じらいはないわけ?」
 柚子を囲む女子生徒達に対し、澪は怒っていた。
「なによ、あなたには関係ないでしょう」
「私は柚子の友人だから関係あるわよ! それに対してあんたたちこそなによ!? これまで柚子に陰口叩いたりしてたくせに、急に擦り寄って来ちゃって。柚子が誰と結婚してようが、旦那が誰だろうが、柚子の友人でもないあんたたちに関係ないでしょう?」
 澪の言葉に、幾人かの女子生徒がムッとした表情を浮かべた。
「だからこうして今話しかけてあげてるんじゃない」
「あげてるってなに!? 誰が頼んだのよ。恩着せがましくして、結局はあんたたちの好奇心を満たしたいだけでしょうが!」
「別にいいでしょう。話してくれたって、減るもんでもなし。これを切っ掛けに仲よくなるかもしれないじゃない」
「柚子はどうなの? この人たちと仲よくしたいの?」
 澪の眼差しが柚子を射貫く。
 澪にここまで言わせて、柚子が黙っているわけにはいかない。
「悪いけど、友達でもない人たちに自分の私生活を話す気はないわ。彼のことを知りたいだけならあっちへ行ってくれる?」
 きっぱりと柚子は言い切った。
 すると、途端に不満を露わにする女子生徒たち。
「はあ!? なにそれ。せっかく私たちの方から話しかけてあげたのに」
「ノリ悪~い」
「めっちゃ冷めた。もういいや」
「イケメンの旦那がいるからっていい気になっちゃって。明らかに釣り合ってないんだから、どうせすぐに捨てられちゃうわよ」
 口々に言いたいことを言って彼女たちは離れていった。
 ほっと息をつく柚子の元へ澪がやって来る。
「あんなうるさい輩の言う言葉なんて気にすることないわよ」
「うん。ありがとう、澪」
 なんて頼もしいのだろうか。
 いい友人ができたと喜ぶとともに、自分が発端の騒ぎぐらいは自分でなんとかしなくてはと反省した。
「あーい」
「あいあいあい」
 子鬼は戦闘態勢に入り、シャドーボクシングをしている。
 いつでも行けるぞという気合いを感じたが、さすがに手を出してこない一般人相手に手を出させるわけにはいかない。
 そう思っていたら、急に教室内に強雨が降り注いだ。
 しかも、先ほどまで柚子を囲んでいた女子生徒だけに。
 女子生徒たちはきゃあきゃあ騒いでおり、スプリンクラーの故障か?と、被害のなかった他の生徒が話し合っているが、柚子の視線は腕に向いていた。
 腕に巻きついていた龍が得意げな顔をしながら『カッカッカッ』と笑っているのである。
 犯人は間違いない。
 しかし、少々彼女たちの勢いに怒りを感じていた柚子は、ポンポンと龍の頭を優しく叩くだけにした。
「ほどほどにね」
『分かっているとも』
 龍はニヤリと凶悪な顔で笑ったのだった。