藤悟の店を後にした後は、ふたりでデートをする。
 デートと言っても、町をブラブラと歩くだけだ。
 けれど、柚子にはそれだけでも十分に楽しいひと時だ。
 世の夫婦なら普通にしているありきたりなことも、柚子と玲夜にはなかなか難しくい。
 現に少し離れて護衛がついているのを視認してしまう。
 あやかし──特に鬼は見目がいいせいですぐに分かってしまうのが難点だ。
 護衛の姿を見ると、ふたりっきりでないことを実感させられ現実に戻されたような気になってしまう。
 けれど、日本のトップに立つ鬼龍院である玲夜の妻でいるには仕方のないことだと柚子も理解していた。
 ひいてはそれは柚子を守るのにつながるのだから。
 というか、護衛は玲夜のためというより柚子のためにつけられていると言ってもいい。
 玲夜自身はあやかしでも千夜に継ぐ実力者なのだから、護衛など必要としていないのだ。
 ふたりだけのデートのつもり……子鬼は置いておいてだが、つもりで歩いていると、柚子の目に止まる店があった。
「あっ、おじいちゃんの好きなチーズケーキのお店だ」
 思わず足を止めた柚子に、玲夜が微笑み頭をポンポンと撫でる。
「ならこの後、土産を持って会いに行くか?」
「いいの?」
「ああ」
 最近はなんだかんだと私生活が忙しく、祖父母と会えていなかった。
 学校で事件があったことも、祖父母はニュースで知り、鬼龍院によって情報規制がかけられていたため、まさか柚子が関わっているとは思わずに心配して電話してきて、そこでようやく祖父母は状況を知った。
 電話口の向こうで大層驚いていたのが伝わってきて、本当に申し訳なかった。
 どうやら心配をかけまいと話をしなかったのが裏目に出たようだ。
 柚子もまさかニュースで取り沙汰されるほど大事になるとは思わなかったのだ。
 テレビでも紹介されていた有名なシェフだったので、おかしなことではなかったのに。
 なんとか無事であると納得してもらったが、それ以後もまったく会いに行けていなかった。
 きっとかなり心労をかけただろうに、なんて祖父母不幸な孫だろうか。
 なので、玲夜からの申し出はすごくありがたく、なにより嬉しかった。
「じゃあ、私並んでくる! 玲夜はここで待ってて」
「一緒に行く」
「だ、大丈夫! すぐそこだから。子鬼ちゃんも一緒にいるし、私だけで行ってくるから」
「分かった」
 素直に引いてくれた玲夜にほっとする柚子。
 お店に並んでいるのは若い女性が多く、玲夜が気づいているかいないか分からないが、先ほどからこちらに熱い視線を向けてきていたのだ。
 視線の先はもちろん玲夜。
 誰よりも美しい鬼は、そこにいるだけで人間を魅了してやまないようだ。
 目がハートになる気持ちは同じ女としてよく分かったが、なんだか玲夜をじろじろ見られるのが不快だった。
 見るだけならまだしも、女子高生とおぼしき集団がスマホを向けているのを、柚子は見逃さなかった。
 写真でも撮ろうとしているのだろう。
 そんな場所に玲夜を近づけるわけにはいかない。
 鴨がねぎを背負ってやって来るようなものだ。
 玲夜を見せたくない。独り占めしたい。
「玲夜をどうこう言えないなぁ……」
 玲夜の愛が重いと言いつつ、自分もなかなかの重さだと、柚子は自分を顧みる。
 前はこんなに嫉妬するなんてことは少なかったように思うのだが、結婚してから悪化した気がしてならない。
 醜いただのやきもちだと分かっているので、玲夜には知られたくない。
 柚子は子鬼を肩に乗せたまま、道路を挟んだ向かいの道へ行き、店の列に並んだ。
 普段から人気のあるお店なので、柚子の順番が来るまで時間がかかった。
 待っている間、件の女子高生が柚子をチラチラと見ていたのが気になったが、どうすることもできない。
 玲夜を待たせているのを申し訳なく思いながら、ようやく順番が来て目的の商品を注文し、会計をしていると……。
「あーいあーい」
「あい!」
 子鬼が小さな手でペシペシと柚子の頬を叩く。
 叩くと言っても、軽くつつくようなもので、全然威力はない。
「子鬼ちゃん、どうしたの?」
「玲夜が浮気してる」
「浮気だー」
「はあ!?」
 秒で反応した柚子は、玲夜が待っているはずの信号の向こう側に目を向ける。
 すると、柚子より前に並んでいた女子高生が玲夜の周りを囲んでいるではないか。
 明らかに逆ナンしているのが分かる。
 女子高生たちの声が大きいので、柚子のところまでわずかに「一緒に行こうよ~」なんて、誘う声が聞こえてきていた。
 これは一大事。
 慌てて商品を受け取り向かおうとするも、赤信号が柚子の行く手を邪魔する。
 その間に玲夜があしらってくれたらいいものを、普段なら言い寄ってくるような輩には冷たい玲夜が、静かに女子高生たちの話を聞いているのだ。
 そんな姿になにやらムカムカとしてくる柚子は、玲夜に対しても若干の怒りを感じてきた。
 何故拒否しないのだろう。
 まさか好みの女性が女子高生の中にいるのか!?なんて馬鹿なことを本気で考えながら、青信号になると駆けだした。
「玲夜!」
 息を切らしながら、柚子は玲夜の腕に抱きついた。
 玲夜は走って乱れた柚子の髪をそっと直してくれた。
 そんな些細な仕草にときめきなりながら、女子高生に目を向ける。
 さすがに透子のように喧嘩を売る強さはないので、困ったように眉を下げて静かに見るだけだ。
 だが、玲夜は渡さないとでも告げるように、玲夜の腕にしがみついた。
 すると、玲夜が口を開く。
「悪いが、妻が来たからここまでだ」
 女子高生は声をそろえて「えぇー」と不満そうに声をあげる。
 しかし、その時にはもう玲夜の目には柚子しか映っておらず、女子高生たちに背を向けた。
「あれが奥さんとかありえなーい」
「釣り合ってないよね」
 などといった声が聞こえてきて地味に傷ついたが、事実ではあるので反論ができない。
 もし自分が桜子のように綺麗だったら、あんな不満は言われなかっただろう。
 そう思うとなんだか気分が落ち込んだ。
 すると、柚子の気持ちを察したように、玲夜が柚子の頬を撫でる。
「気にするな。見ず知らずの他人の言葉など聞き流せばいい。俺の唯一は柚子だけなんだから」
 欲しい時に欲しい言葉をくれる。
 玲夜の優しさに胸がぎゅっとなる。
「玲夜。あの人たちとなに話してたの?」
「たいしたことじゃない」
「嘘! だって、なんか誘われてたの聞こえてたもの。ナンパされてたの?」
 どこか拗ねたような柚子の表情に気づいた玲夜は、意外そうに目を見張った。
 そして、意地が悪そうに笑ったのだ。
「なんだ、柚子。あんな小娘たちに嫉妬したのか?」
「そんな! やきもちなんて焼いて……なくもない……」
 言葉は尻すぼみになり、柚子は恥ずかしそうに顔を俯かせる。
 すると、玲夜の手が俯いた柚子の顔を上に向けさせ、軽く触れるキスをした。
 びっくりと目を大きくした柚子は声を荒げる。
「玲夜! ここ、外!」
 しかも道の往来で、周囲にはたくさんの人が行き交っている。
 さらに言うと、玲夜の容姿のせいで人目を集めていた。
 なので、キスをした場面はたくさんの人に見られてしまっただろう。
 そんな柚子の焦りをよそに、玲夜はくっくっくっと笑った。
「笑い事じゃないんだけど」
 少々怒りを含んだ声も、玲夜を喜ばせるだけだったようで、機嫌がよさそうに笑みを深める。
「柚子がこんなに分かりやすく嫉妬するのも珍しいな」
 そう言われると反論の言葉が出てこない。
「うう……」
 これまで玲夜に関係のある人に対してやきもちを焼いたことはあるが、通りすがりの人まで対象に入れるなんて……。
 黒歴史を作ってしまったように恥ずかしがる柚子の一方で、玲夜は笑っていた。
「なんで玲夜はそんなに笑うのよ」
 じとーったした眼差しで見あげれば、優しく頭を撫でられる。
「柚子に嫉妬されて嬉しいからに決まっているだろう。柚子から愛されていると実感する」
「私は恥ずかしい……」
「逆に俺が柚子に近づいた男に嫉妬したらどうする?」
「……嬉しい、かな?」
 疑問形になるのは、嬉しい以前に玲夜の嫉妬の矛先となった相手の身の安全の方が心配になってくるからだ。
 純粋に嬉しさを堪能できない。
「嬉しいからといって、あまり俺を嫉妬させるなよ?」
「玲夜もね」
 きっと自分たちは端から見たらバカップルと呼ばれるものなのだろうなと感じ、柚子はむず痒くなった。
「早くおじいちゃんとおばあちゃんに会いに行こう?」
「ああ。そうだな」
 二人の手はしっかりと握りられていた。