もちろん、ノートを貸す関係は変わらなかった。放課後は一緒にテスト勉強をしたりする。

乙和くんは「ほんと、はるの字好き」と褒めながらシャーペンをカチカチと鳴らした。
放課後使える学校の図書室で、私の横に座る乙和くんは私が今勉強しているノートを覗き込む。


「それ何回目?」

私の字を何度も褒める彼。
図書室だから、静かにくすくすと笑った私は乙和くんを見る。乙和くんは柔らかく笑って「はる大好き」と今度は私の頬を赤くする事を言う。

照れくさくて顔を下に向ければ、乙和くんの私よりも大きな字が書かれているノートが見えた。


「乙和くんの字は大きいね」

「あーうん、きたないだろ?」

「そんな事ないよ、読みやすい方だと思うよ?」

「ほんと?それはめちゃくちゃ嬉しい。字書くの、あんまり得意じゃないから」


確かに字を書く事が得意じゃないと言った乙和くんは、書くスピードがゆっくりだった。
スラスラというよりも、一字一字、まるで書道のように間違えないように確かめて書いているようで。

そういえば前に、近い距離も遠い距離も見えにくく、眼鏡をかければ疲れる…と言っていた事をうっすらと思い出した。


近い距離が見えにくい…。
もしかして老眼?と思ったけど。
それは歳をとった人がなるものだから。
それは違うと判断し。


「あー、前髪じゃま」


ぽつりと言った乙和くんの言葉に、ああ、前髪のせいで見えにくいのか…と思った私は、邪魔そうに落ちてくるミルクティー色の前髪をさわっている乙和くんに、「髪どめいる?」って聞いてみた。


「髪どめ?」

「うん、待ってね」


鞄からヘアゴムなどが入っているポーチを取り出し、黒くて細長い髪どめを乙和くんに差し出した。

男性で、こういうものを使うのはあまりないかもしれないけど。それを躊躇いもなく受け取った乙和くんは、自身の前髪をとめた。


「どう?変じゃない?」


少しおでこが出た乙和くんは、やっぱりかっこよく。かっこいい乙和くんは、何でも似合ってしまう。
きっと私は何度でも惚れ直すだろう…。


「うん、かっこいい…」


だから本音を言えば、照れたような顔をした彼は「はるはいつもかわいいよ」と、照れ返しをしてくる。


「ま、また、そんなこと…」


眼鏡なのに…。
可愛いことなんか、何もしてない。


「ほんと、いつもかわいいって思ってる。優しいし、いい子だし。俺にはもったないないって」

「乙和くん…」

「だいすきだよ」


私も大好きです。
そんな想いを、顔を赤くして伝えた。
私の彼氏の乙和くんは、いつも甘い雰囲気を出す。


「はるもおでこ出せばいいのに。はるの大きい目かわいいから」


乙和くんの言動に、いちいち心臓がドキドキしてしまう。
本当に、地味なのに。
私は乙和くんに合ってないのに。
私の容姿をずっとずっと褒めてくれる彼…。

テスト勉強中だというのに、私は乙和くんに夢中だった。


「テスト終わったら、いっぱいデートしようね」

「うん」


こんなにも幸せでいいのかと思うほど、私の心の中は晴れていて。
初めての彼氏が乙和くんでよかったと感謝しながら、その日の帰りも乙和くんと手を繋いで帰った。


優しくて、かっこよくて、笑顔が似合う素敵な恋人…。


だから私と乙和くんに合わせたくて、眼鏡からコンタクトに変えてみた。乙和くんの言う通り、おでこも少しだけ出してみた。


乙和くんは、私の変わった容姿を見て、驚いた表情をしたあと顔を赤く染め、「すっげぇ可愛いんだけど…!」と、両手で手をおさえていた。

何度も「かわいいかわいい」と呟く恋人は、甘く、私を抱きしめてくれた。


「俺のため?」

「とわくん…」

「やっば、すげぇうれしい…、俺の彼女可愛すぎない?」


私が恥ずかしくなるぐらい、眼鏡を外した私の顔を何度も乙和くんが見てくるから、私は笑顔になった。