「小山くん」と、学校に来ていた小山くんに話しかけたのは、乙和くんが学校に来なくなってから3日がたった朝だった。
というよりも、乙和くんと連絡をとれなくて3日がたった。
私の呼び掛けに、私と目が合った小山くんは、少しだけ目線をそらすと、「なに?」と笑いながら再び私の方に顔を向けた。
その仕草に、友達でもなく親しくもないのに、〝何かを隠してる〟と感じ取ってしまった。
女の勘というものなのだろうか。
その〝何かを隠してる〟のは、乙和くん関係だとすぐに分かった。
小山くんは、乙和くんがなぜ学校を休んでいるのか知っている。
「乙和くん、どうして休んでるか知ってる?」
小山くんは私の質問に、さっきみたいな顔、逸らしたりや、言いにくそうな顔はしなかった。
いつもの表情で「乙和?知らないけど」と、とぼけてみせた。
何か内緒にしてる……。
私に言えないことなのだろうか。
「学校、来てないけど……」
「あいつ、2年の頃はしょっちゅうサボってたから。別に気にしなくていいと思うけど」
「そうなんだ…」
「連絡とか、乙和からねぇの?」
「うん、乙和くんと連絡とれなくて…」
「あー…」
「怪我酷かったのかな……」
不安で心配で、どうして?という思いが強く。
だってあんなにも優しい乙和くんが3日も連絡を途絶えるなんて、今までなかった事だから。
「や、怪我は平気なんだけど……」
私の落ち込む顔を見て、さっきみたいな言いにくそうな顔をした小山くんは、多分誤魔化すとか嘘をつくのが下手なんだと思う。
「……ごめん、俺の口からは言えない…。でも夜に乙和と会う約束してるから。小町さんのこと言っとくな」
案の定、そう言ってきた小山くんは、「…ごめん、」と謝罪を残すと私から離れていった。
乙和くんに何があったのか小山くんは知ってるみたいだけど、私には言えないみたいで。
私はスマホを開き、乙和くんとのトーク画面を見た。やっぱりそこには〝既読〟の文字はなく。
きっと、わざと私の連絡を無視してる乙和くん……。
そんな乙和くんから連絡が来たのは、その日の夜遅い時間だった。
『……はる?』と、乙和くんの声は、3日間、聞いてないだけなのに、凄く久しぶりに感じた。
大好きな恋人の声。
大好きな恋人の声なのに、その声は違和感だらけで。いつも通りの声なのに、その声は少しかさついていた。
「乙和くん…」
乙和くんの名前を呟くと、向こうから少しだけ声が止まり。
『…ごめん、連絡できなくて』
「……ううん、体調大丈夫?」
『うん…』
「心配したよ、…返事こないから…」
『ごめん……』
乙和くんの声は、止まった。
何も言わなくなった。
けれども電話は繋がっていて。
これから何を言おうか迷ってるらしい彼。
だから「乙和くん」ともう一度名前を呼んだ。けれども彼の声は聞こえない。
聞こえたのは、いつか。
『……別れてほしい……』
と、乙和くんの悲しそうな声が聞こえたのは。
胸が苦しくなる。
心のどこかで〝やっぱり〟っていう気持ちがあったのか、それほど驚くことは無かった。
けれども〝どうして〟っていう気持ちが9割以上あって。
どうしてそんなこというの?
どうして嘘をつくの?
どうして私には言えないの?
どうして?
「…私のこと、きらいになったから?」
『…はる…』
「きらいになっちゃった…?」
『……うん、……』
うそつき…。
乙和くんは、〝きらい〟と言えない優しい人だって知ってるのに。
「どうして…、どこが嫌だった…?」
乙和くんの声が聞こえない…。
「なにがあったの…」
『ごめん…』
「私が、かわいくないから…?」
『……』
「めがねだから…?」
『……ごめん』
「……乙和くん」
『…はる…』
「別れたくないよ……」
『ごめん……』
「どうして…」
『……』
息が飲む音が聞こえた。
〝乙和くんが泣いている〟
そんな気がして。
「大好きだよ…乙和くん」
いつの間にか電話は切れていた。
気づけば私もポロポロと涙が流れていた。
通話が切れる前、『…大丈夫か乙和』と、小山くんの声が聞こえたような気がした。