一方的に話していたのが一転し、目を輝かせた彼の問いかけに、わたしは一回りも上の兄の影響で始めた、とだけ答える。
兄が宙を舞う姿を見て、幼い頃のわたしは感動した。
地面から足が離れてからポールに触れずマットに落ちるその滞空時間は、カメラを通して見たスローモーションみたいで、何も知らなかったわたしは、兄は空が飛べるのだと待望の眼差しを向けていたほどだ。
結局は筋肉や体の使い方といった人間らしいことが正解だったけど、勘違いしたままのわたしに向けて自慢げに鼻を鳴らした兄は、どこか誇らしかった。県代表の選手に選ばれた直後だったこともあるかもしれない。
今思えば、わたしの道のりは兄とよく似ている。
兄も、同じように膝を壊した。酷使しすぎて全国大会までに復帰は見込めないと診断され、悩んで悩んで、いろんな人と話した上で最終的に県代表を断ったのだ。
それに比べたらわたしは、ただの部活で済んでいる。一生跳べなくなったとしても、わたしは後悔しない。しいて言うなら、直前で棄権した新人戦には出たかった。
来年もチャンスがあるからと言って、膝が完治し、以前のように跳べるかは別の問題。
だから、最初で最後の部活になるのなら多少の無茶くらいしたっていいと思う反面、自分が思っている以上に未練がないんじゃないかと自分に失望する。
背面跳びで宙を舞う兄の姿に憧れたはずなのに。記録を伸ばし、結果を残すたびにこの種目が好きだと思っていたのに、膝を壊しただけで全部がおじゃんになった。
辛いだけなら。
この先ずっと跳べないのなら。
もう、すべて辞めてしまってもいいじゃないか。