わたしは思わず息を呑んだ。
 これから冬を迎えようと休眠する蕾を抱えた木々の中で、ただ一本の桜だけが寒空の下で両手を広げ、空を独り占めしているようだった。

 幻想的に映った公園に足を踏み入れ、木のちょうど真下にあるブランコに腰かけて顔を上げれば、薄桃色の隙間からこぼれる夕日の木漏れ日が眩しい。
 幼い頃から、晴れた日に見上げる桜が好きだった。新学期や就職で心機一転し、新しい生活に胸が踊る時に見上げた空も澄んでとてもきれいだけど、秋にひとりぼっちで咲く桜が、少しだけ空を支配しているのも素敵だと思う。

「――あれ、珍しいな」

 しばらく見上げていると、いつの間にか同い年くらいの男子がすぐ傍に立っていた。桜に夢中になりすぎていたわたしは驚いて、ブランコから滑り落ちそうになる。大きく揺れた鎖を、彼は慌てて掴んで止めてくれると、顔を見合わせてフッと笑みを浮かべた。

「驚かせてごめん、ここに来る人、滅多にいないから嬉しくてつい。狂い咲きを見に来たの?」

 わたしが首を傾げると、突然現れた彼はわかりやすいように説明してくれた。
 季節外れのこの桜は「狂い咲き」という現象らしい。実際は虫による食害だったり、台風で葉が落ちてしまったりして、開花に向けて充分に蓄えることができず、春に咲けなくなってしまったのだという。
 十月に咲く桜も存在はするが、公園にあるものは春に咲く品種で、十年以上前からこの一本だけが狂い咲きになってしまったらしい。

 彼は空いているもう一つのブランコに腰かけると、同じように桜を見上げる。

「きれいだなぁ。十月の桜もなかなか良いよね」

 さも平然と話しかけてくる彼に、わたしはそうだね、とあっさりと返事をする。彼の着ている制服はこの近辺にある高校のもので、ボロボロのスニーカーと土のついたズボンの裾が特に目立っていた。

「その制服、見たことないなぁ……ああ、最近できた高校なんだ。俺が知らなくて当然か。しばらくここを離れていてさ、最近戻ってきたばかりなんだ」

 そうかそうか、と納得して頷く。
 わたしが通っている高校は一昨年できたばかりの私立高校だ。知名度はまだ低いし、知らなくても仕方がない。

「俺、晴れた日だけここにいるんだ。よかったらまた話し相手になってくれる?」

 特に断る理由もなくて、わたしは頷いた。
 新しく公園に立ち寄る理由が増えたことが嬉しいと思う傍らで、悩む時間が減ることにホッとしたのかもしれない。