桜が散り始める木々を見つめながら、彼は続けた。

「いつ死んだのかもわからなくて、この公園に来る途中で記憶が途切れてる。覚えているのは自分のことと、十月の桜が咲く間だけここにいられること。そして……十月を過ぎたら俺は眠って、また十月に目が覚めること。その時出会った人のことを忘れてしまっていること。だからいつも、話しかける相手の情報は聞かないようにしていた。……おかしいと思ったでしょ? 俺だけが一方的に話している、ただの自己満足さ」

 木々が揺れて花びらがひらひらと彼の方へ向かっていくと、体をすり抜けて地面に落ちる。彼がこの世の人ではないことは明確だった。
 わたしに話をさせないようにしたのは、わたしに声を出させないため。一言二言程度ならまだしも、彼の姿が他の人に見えていないのなら、誰かに見られて不審がられるかもしれない。他人のことを心配してしまう、彼の優しいところだ。

「君はね、すごく妹に似ているんだ。時間の感覚がわからないから何とも言えないけど、ちょうど君の年になる頃だと思う。だから心配だったんだ。俺と同じ道のりを辿っている君には、これからも跳んでほしい」

 透はブランコから立ち上がると、狂い咲いた桜のほうを向く。
 季節遅れの桜が散ってしまう。――それは彼との別れが来ることを告げている。
 心なしか、彼の体も消えかかっていた。うつらうつらと眠そうにしているのも、その前兆だ。
 
「忘れてしまうかもしれないけど、君の名前を教えてくれないか?」

 桜が散れば、透はまた来年まで長い眠りにつく。秋に咲くための養分を貯蓄するように、もう一度会いたいと思ってくれるために、彼はあえてそう聞いた。