【謀(はかりごと)】

王国の外れにある深い森へ向かう道は、魔物の巣窟とも言われるほどに危険地帯だった。
森を抜けるには街道を外れ、けもの道を進む必要がある。アルの護衛兼案内役として同行したのは、ゴランが用意した数名の男たちだった。
彼らは一応は「荒くれ者をまとめあげた熟練の戦士」という触れ込みだったが、アルを守るというよりは監視しているような雰囲気があった。
馬車を降りたあと、徒歩で森の奥へ進む。鬱蒼(うっそう)と茂る木々の合間を縫うように歩き、時に小さなモンスターが襲いかかることもあったが、男たちが容赦なく剣で斬り払っていく。その様子は、確かに腕の立つ傭兵グループのようにも見えた。
やがて目的地とされる洞窟へ到着した。
冷気が漂う洞窟の入口を前に、アルは薄暗い光の中へ足を踏み入れる。その途端、 「……おや、アル様。ここから先は我々が先行しますので、しばしお待ちを。」 リーダー格の男がそう告げる。
アルは疑問に思いつつも、言われたとおりに洞窟の奥に入っていった。
壁には苔が生え、滴る水の音が反響している。足元はぬかるんでいて歩きづらい。
しばらくすると、視界が開けた少し広い空間に出た。そこは岩肌から大量の水が流れ落ち、小さな滝のようになっている場所だが、決して“伝説の滝”というほどではない。ただ何やら不気味な霊気が漂っているように感じられた。
そのとき、先頭を歩いていた男たちがスッと散開し、アルを囲むように配置につく。
アルが少し不審に思って立ち止まると、リーダー格の男が冷酷な表情で言い放った。
「ここまで来りゃ充分だ。悪いな、アル様。あんたには死んでもらう。」
「……なんだって?」
「おまえみたいな役立たずが伯爵家の名を汚す前に始末する。それがフアン様とゴラン様からの命令だ。」 そう言って男は嘲笑混じりに剣を抜いた。
アルの体に一気に冷気が走る。
まさか、フアンが自分を殺そうとしているのか? 
あれだけ家名を奪われても、命まではとられないだろうと、どこかで安堵していた自分が甘かったと痛感する。
──殺される……。
恐怖と絶望が、アルの身体を支配する。周囲を囲んだ男たちが一斉に凶刃を振りかざした。どうしようもなく、アルは後ずさりするしかなかった。