【崩れゆく日常】

アルが魔法学校を卒業し、王都の貴族としての表舞台に出るようになって数年が経った24歳のある日、悲劇が訪れた。
父クロードと母セリーナが旅先でモンスターに襲われ、命を落としてしまったのだ。
貴族同士の会合で少し離れた街へ向かう途中、馬車ごと強力な魔物の群れに襲われたという。
二人とも護衛の騎士とともに激しく応戦したが、複数の高位モンスターに囲まれ、最後は致命傷を負ったと報告があった。
報せを聞いたアルは呆然となり、しばらく何も考えられなかった。
──まさか、あの元気だった父と母が……
涙が枯れるまでアルは喪に服し、静かに葬儀を営んだ。
心の支えだった両親を一度に失った衝撃はあまりに大きく、伯爵家の後継ぎとしての責務を再確認する余裕すら奪われていた。

しかし、フェルディナンド伯爵家には無情にも様々な問題が襲いかかる。
どの貴族家においても、当主の死がきっかけで親族たちが動き出すのは珍しくない。多くの場合は領地や財産をめぐっての利権争いが起こるのだが、フェルディナンド家も例外ではなかった。
悲しみに暮れるアルのもとにやってきたのは、従兄フアンとその従者たちだった。
フアンは政治的な駆け引きに長け、強力な戦闘スキルを持つことで知られている。彼の“腹心”と噂される執事のゴランは、代々フアンの家系を支えてきた影の司令塔のような存在だ。
フアンは涙ひとつ見せず、アルにこう告げる。
「アル、おじさま、おばさまのことは気の毒だったな。けれど、フェルディナンド家はこのままでは危ういのではないか?」
失意のアルは力なく答える。
「……わかっている。だが、どうすれば……」
伯爵位は正式にはアルに継承されるはずだが、周囲の見る目は厳しかった。
「家を守る力がない」「実力不足」という声が親族会議で飛び交い、さらに伯爵領の治安維持に必要な費用や軍事力の確保にも問題が生じていた。最終的にはフアンが「私が伯爵家を継ぎましょう」と名乗りを上げ、古くからの家臣や親族の一部が彼女の側についた。
やがて領地を管理するにあたって重要な文書類も、フアン派の手に渡り始める。
つまり、「実質的にフアンがフェルディナンド伯爵家を受け継ぐ」形が既成事実として固められていったのである。
折しもアルは両親の死で精神的に参っており、有効な手立てを講じられないまま、見る見るうちに家の主導権を奪われてしまった。    ──こうして、アルは伯爵家の当主という立場すら奪われる形で、生きる道を失いつつあった。