【才能と期待】

 貴族や騎士階級にとって、“スキル”はその人の価値を大きく左右する。

誰しもが強力な魔法や剣技のスキルを欲しがり、子どもが生まれれば6歳の誕生日に“スキルを調べる儀式”を行うのが通例だ。
アルが5歳になるころ、既に周囲は彼のスキルに大きな期待を抱いていた。
両親も当然ながら、「アルのスキルはどんなものになるのかしら。あなたのように攻撃魔法系かしら?」 「いや、セリーナに似て回復や支援系のスキルになるかもしれん。」などと楽しげに想像していた。
伯爵家の長男として誕生し、青い瞳を受け継いでいるのだから、きっと凄いスキルを持っているだろう。周りはそう信じて疑わなかったし、アル本人も「前世は平凡サラリーマンだったけれど、今世ではすごいチート能力があるかも」と若干の期待を寄せていた。

6歳の誕生日。当日は朝から落ち着かない雰囲気が館を満たしていた。
フェルディナンド家の親族や親しい貴族友人たちも儀式を見守るために集まっており、礼拝堂さながらの厳粛な空気が漂っている。
儀式の担当をするのは王都から招かれた司祭。彼は円環を描いた特別な魔道具を手に持ち、それをアルの目の前にかざした。
「さあ、アルフレッド・フェルディナンド様。あなたが持つスキルの名を、今ここに……」
司祭が唱えた呪文によって魔道具が青白い光を放つ。アルがその光に手をかざした瞬間、彼の体が一瞬だけ浮かび上がったように見えた。
同時に、円環には文字らしきものが次々と浮かび上がり、室内にいた大人たちがゴクリと息をのむ。
ほどなくして、司祭はその浮かび上がる文字を凝視してから、少しばかり困惑した表情でこう口を開いた。

「これは……“トレーディング”……?」

周囲の大人たちがいっせいに顔を見合わせる。アルの父クロードは目を丸くし、母セリーナも眉をひそめた。
「“トレーディング”とは、物々交換のスキルか?」
司祭は神妙な面持ちのまま説明を続ける。
「はい……私も正確に把握しているわけではありませんが、どうやら文字通り“物を交換する”能力のようです。」
貴族の一同は沈黙に包まれた。
「物々交換なんて、商人向けでも珍しいくらいの地味なスキルじゃないか」という声が囁かれる。
何より貴族は地位と財力をもっているのだから、自前で物を手に入れる手段はいくらでもあるはずだ。
意味がないどころか、あまりにショボいスキルだと冷ややかに見る者もいる。
アルは儀式の真っ只中だったが、前世の記憶を持つ頭で冷静に考えても、このスキルが強力に思えなかった。
「まあ、ゴミスキル……と言われても仕方がないかもしれない」と正直感じた。
しかし、期待に胸を膨らませていた両親や周囲にとっては、この結果はかなりショックだったようだ。
(……せっかくの長男なのに…)
嘆くように呟く親族たちを尻目に、アルの母セリーナだけは子どもの手をそっと握り、「そんなこと言わないで、いつか必ず役に立つときが来るわよ。ね、アル……」 と微笑んでくれた。
父クロードも少し戸惑った表情を見せたものの、最終的には 「そうだ、スキルは運命によって与えられるものだ。我らが息子が選ばれたのだ、何か意味があるに違いない」そう力強く言って、周囲を納得させようとした。

とはいえ、皆が言葉には出さずとも「微妙だな……」と思っているのは一目瞭然だった。
アルの気持ちはそれまでの期待から、一転して重苦しいものへと変わっていったのだった。