【伯爵家】

　サルタレニア王国の貴族社会には“血統”を重んじる風習が根強く残っている。
中でも、“青い瞳”を持つ一族は特別な魔力の源泉を代々受け継いでいるとされ、その家柄は国の中心を担うほどに高い地位を約束されていた。
アルフレッド・フェルディナンド──通称アルが生まれたフェルディナンド伯爵家もまた、王国において有力な貴族の家系として数えられている。青い瞳を持つ者が多く生まれ、魔法や戦闘のスキルにも優れる、筋金入りの“エリート貴族一族”だった。
アルは伯爵家の長男としてこの世に生を受け、両親からは惜しみない愛情を注がれて成長した。
父親の名はクロード・フェルディナンド。四十代半ばの落ち着いた男性で、外見こそ威厳にあふれているが、中身はかなりの親バカだった。
アルがくしゃみをすれば大騒ぎし、少しでも発熱しようものなら医者を大勢呼び寄せる。
そんな姿に周囲の使用人たちは微笑ましく苦笑いを浮かべることが多かった。
母親の名はセリーナ・フェルディナンド。長い金髪と青い瞳を持つ絶世の美女。性格は穏やかで、子どもや動植物を愛する優しい女性だ。
アルのほんの些細な成功にすら手放しで喜び、失敗して落ち込むときには温かい言葉で励ましてくれる、愛に満ちた母親だった。

アルはそんな2人に大切に育てられ、少しずつ意識をはっきりさせていく。
転生者としての記憶が完全に蘇ったのは3歳を過ぎたころだったが、それまではぼんやりとした断片的な記憶に戸惑いながらも、伯爵家の子息として問題なく日々を過ごしていた。
3歳の時点で前世の名前や自分がもともと日本のサラリーマンだったこと、その人生を交通事故で終えたこと──すべてを思い出したが、決してショックではなかった。
優しい両親と、広大な庭園をもつ豪華な邸宅。美味しい食事と快適な生活。アルは自分が“異世界転生”をしたという事実に、驚きよりも幸運への感謝が勝っていた。


幼少期のアルには、何不自由のない生活が待っていたが、しかし同時に、貴族という身分の重責が彼にのしかかることになる。
伯爵家の跡取りとして、周囲からは“将来王都で活躍するであろう優秀な魔法士、あるいは騎士”という期待が集まっていたのだ。