黒峰はバーチャル紙幣の図案は公募で決めようと提案した。依頼料の節約が目的だと、黒峰は言った。図案は完全に自由とした。実在・非実在と生死を問わない人物だけでなく、ありとあらゆるものを図柄として良いことにした。存命の人物の肖像権、著作権に留意することだけをレギュレーションとした。
 しかし、肖像権・著作権の問題は杞憂に終わった。金銭的に困っているため、少しでも広告費を削減したいありとあらゆる企業はSNSで「絵を描ける方、写真を撮れる方、ぜひ我々の商品を被写体にしてください」と発信した。著名人も「お札になりたい」のハッシュタグをつけて自撮り画像を発信した。商業ベースの創作者達は自らの作品の二次創作を許可した。
 応募は信じられないほどに殺到した。娯楽が少なく、あってもお金をかけることが出来ない時代である。税金をほとんど投入しない国をあげてのお祭りは国民に受け入れられた。趣味レベルの者たちを含めクリエイターは名をあげるチャンスとばかりに盛り上がった。マスコミはこぞって、「お札になってほしいのは?二次元部門・三次元部門・偉人部門」などの特集を組んだ。
 膨大な量の応募作品を選考したのは、全国の老若男女の末端公務員と有志の国立学校に通う生徒である。彼らは皆自分が単なる一次選考に携わっているだけだと思っていた。
 しかし、実態は異なった。彼らは普通の国民の代表として選ばれた選考員である。国民の感性を網羅すべく、彼らのお眼鏡にかなった何百種類もの図柄がデザインとして採用された。結局はローカル端末での使用に留まるため、デザインはいくらあっても構わないし、国民が全てを把握している必要は無いのである。

 そして、ついにバーチャル紙幣の流通が始まった。その経済効果は絶大だった。

「総理は、トレーディングカードゲームをご存じですか?20世紀後半から21世紀の前半にかけて若い世代を中心に大流行した文化なのですが」
黒峰は白菊に問いかけた。白菊はかぶりを振った。
「交換して好きなカードを集めるのが醍醐味だそうです。レアカードを手に入れたときの興奮は格別だったとか」

ランダムに流通させた通貨、正確には通貨の図案だが、すさまじい勢いで全国に広まった。北海道の北端の市役所職員に給与として払っただけのバーチャル紙幣がいつのまにか沖縄県の離島で流通していることも珍しくない。

「もっとも、絵柄が魅力的であることと資産価値には全く関係がありませんから、今国民が交換しているのはカードではなくカードを保護するために使っていたスリーブという方が適切なのかもしれません」

経済が活性化したのには理由がある。人々はお気に入りの図柄を当てても出し惜しみすることがなかったからである。一度手に入れたバーチャル紙幣の画像データは使ってもなくなることはない。デジタル媒体の強みである。むしろ、決済画面でのエフェクトが見たい一心で何度も買い物をした。
 そして買い手が決済に使った図柄は、当該取引の売り手も新たに使うことが可能になる。多くの収益を得るため、欲しい図柄のバーチャル紙幣を手に入れる機会を増やすために、個人事業主は仕事に身が入った。やる気を失った職人たちの目に光が戻り、壊滅寸前だった町工場は活気を取り戻した。
 一部の商業施設は、かつての文化「お釣り」に目をつけた。人気の図柄のバーチャル紙幣をお釣りとしてキャッシュバックすることを大々的に宣伝した。つまり、商業施設で高額な買い物をすれば、魅力的な図柄が手に入ると言うことである。死語となっていた「お釣り」という言葉は、今年一番の流行語となった。

「人を動かす原動力は遊び心ですよ」

黒峰は少年のように悪戯っぽく笑った。