「お父さん、お母さん」

 写真撮影のために庭に出て、父がカメラの準備をしているときに、美咲は話しかけた。

「私、出産予定日ぴったりに生まれたって言ってたよね。これ見て」

 美咲は『366日の花言葉』を開いてみせた。昨夜見つけた通りのページに昨夜の通りの栞を挟んで。

「大基……!」

 母が口を覆った。手作りらしい栞には、たどたどしい文字で『にしはらだいき』と書かれている。

「大基って、誰? ハクモクレンとどういう関係があるの? 私の誕生花のこと、大基は知ってたの?」

 母は答えることも出来ず、嗚咽を漏らしている。父が栞を手に取り、花言葉の本を覗き込んだ。

「ハクモクレンは美咲のために大基が植えたんだ。予定日に産まれてくる、きっと美咲の誕生花になるからって。大基は美咲のお兄ちゃんだよ」

 恐らくはそうだろうと予想していた美咲は、素直にうなずく。

「大基は美咲が産まれてくるのをすごく楽しみにしてた。でも事故で亡くなってな」

 父はまたカメラの調整に戻った。

「大基も、美咲と一緒に大きくなりたかっただろう。だから毎年、大基のハクモクレンと記念写真を撮ってるんだ」

 泣き止まない母の肩をそっと撫でながら、父が言う。

「今日、美咲は大基の年齢に追いついたんだよ」

 美咲は黙ってうなずいた。




 月曜日、美咲はいつまでも部屋でぼうっとしていた。

「美咲、そろそろ行かないと遅刻するわよ」

 母が部屋に顔を出した。美咲は母の顔をじっと見つめる。

「どうかしたの?」

 美咲は首を横に振り、母に聞こえないほどの小声で呟く。

「お母さん、ごめんなさい」



 教室に入ると、三鶴はもう席についていた。

「私、お兄ちゃんを消しちゃった」

 三鶴は聞いていない様子でそっぽを向いている。

「私のためにハクモクレンを植えてくれて、私のために花言葉の本を残してくれて」

 鼻声になりながらも美咲は語る。

「お父さんもお母さんも、幽霊でもお兄ちゃんに側にいてほしかったと思う」

「無念は断ち切れた。あれはまた産まれてくる」

「あれって……、お兄ちゃん? またうちに産まれてくるの?」

 三鶴は勝手に美咲のカバンに手を突っ込み、写真を取り出した。

「美咲の木だ。優しい気持ちで植えて、美咲と一緒に育った」

 三鶴が優しく微笑む。

「きっと兄は、また美咲の木を世話したいと戻って来るよ」

 美咲はぽろりと涙をこぼした。