「お疲れ」
「待ち伏せやめろ」
もう昏い中、御門別邸への道すがら黒に遭遇した。
「……大丈夫か?」
気遣うように言われたが、俺は睨みをもって返した。
「……紅亜様はちゃんと送り届けたんだろうな?」
「それはもちろん。……あの、怒ってる? 真紅にばらしちゃったこと……」
「ああ?」
思いっきり睨むと、黒は大きく肩を跳ねさせた。
「ご、ごめん……」
「謝るくらいなら言うんじゃねえよ」
「ごめん……でもまさか、真紅が気付いてるとは思わなくて……てっきり白が先に言ってたのかと……」
「言うわけねえだろ。……お前、梨実海雨、見て来たか?」
「一応、涙雨を通してだけど。けど、あれって……」
眉をしかめる黒に、はっきりと告げた。
「十中八九、真紅の所為だ」
黒はため息をつく。
「………梨実海雨についた妖異を喰らったのは、真紅か……」
「今は紅緒様によって封じられてるから、真紅というよりは真紅の潜在能力とでもいうべきかもしれない。幼稚園から一緒だと言っていたから、恐らく海雨の命は、その頃に尽きるはずだった」
「妖異によって落命するはずだったものが、なまじ力のある真紅が近くにいたから、妖異の方が真紅に負け残滓のみを残して滅んだ」
「……真紅には言っていないが、現在海雨の命は、残滓で繋がれているフシがある。十年も前に終わるはずだった命を、今まで繋いできたんだ。いくら始祖の転生とはいえ、無意識でそこまで出来るとは考えにくい。妖異が遺した力が生きていることによって、海雨の命も、また……」
そこまで言って、歯噛みした。
皮肉だ。
海雨を殺すはずだったものが、今、海雨を生かしている。
それを浄化しなければ、海雨の病状回復は望めない。
だが、海雨を生かしているものを取り払うということは――。
「白……」
「わかってる。何も『自分じゃないものに生かされている』ことは悪いことじゃない。……俺だって、自分の中に太陰(たいいん)が居なければ、母様(かあさま)の腹の中で朽ちていた命だ」
そっと胸のあたりを――心臓のあたりを握った。
俺の中にいる異形(いぎょう)のもの。それが、胎児の段階で死ぬはずだった白桜(おれ)を助けた。