「萌えてもいいけど、篠宮さんいいかげんラッピングのやり方覚えてくれない?」
「覚えてはいる。ただ下手なだけ」
「そんな堂々と威張るな」
「だってさー。……もう覚えたって使い所ないじゃん」
白いマスクをした口元からボソッと本音が溢れた。
私たちの頭上では今、赤地に白文字で「完全閉店セール」と書かれたポスターが空調の微かな風にヒラヒラと頼りなげに揺れている。
「しかし閉店セールだってのにここまで暇でいいのかね」
私と神崎しかいない店内を見回しながらそう呟くと、神崎は苦笑いした。
「どうしたって密避けられないからね、この仕事。採寸も今AIにさせるシステムあるし、まあ、俺らの仕事なくなるよね」
一ヶ月後に、ここは閉店する。
もう二度と、二人で同じ職場で働くことはないだろう。
「こないだSNSで『彼女と初チューのチャンスだったんだけど、マスク外すタイミングがわからなくてできなかった』的なのを見たんだ。確かに今恋をするのも大変よね」
枯れた発言するな、と呆れたように言いながら、神崎はネクタイの箱に赤いリボンをキュッと結んだ。
「私が風邪ひいて出勤した時は、『マスクで接客はまずい』なんて言ってたのにね。あれから一年も経ってないのに、世界が変わるのってあっという間」
「そんなことあったな。ほら、できたよ」
美しくラッピングされた箱を差し出された瞬間。
妙な言葉がぽろりと溢れた。