あと5分で彼はここを通る。今日こそはうまくキッカケを作るんだ!



 半年前初めて彼を見かけたのはこの交差点だった。一目見ただけで、「運命の人」だと思った。背はスラリと高く、鼻筋の通った美形で、何よりメガネの似合うステキな瞳をしているのだ。メガネ男子しか勝たん!この人しかいないと思った。
 子供の頃からシンデレラになることを夢見ていた私。29歳彼氏いない歴7年の私。今の会社に出会いなどなく、無駄な合コンの数だけ重ねてきた私。センザイイチグウって漢字は書けないけど、意味は知ってる。この恋は実らせなければいけない。私の中の天使が囁く。

 それからは毎日、残業を回避するため必死で仕事をこなしてきた。定時で上がって、この交差点で彼が来るのを待つためだ。手際よく仕事をこなす私に、周りはそんな理由があるとも知らず、努力の人だと勘違い、いやある意味間違ってはいないんだけど、なんやかんやと業績を評価され昇進話が浮上してくるくらいには頑張った。でもでも、昇進なんてしたら仕事が増えるだけじゃないですか。ノータイムでノーサンキューです。出世したい周りの人たちからは、変わったやつだという評価に変わり、しかし仕事はキチンとこなしているので、文句を言われることもなく、徐々に私が5時チンで退社することを咎めるものもいなくなった。そう、私はあなたたちと違って、地位や名誉はいらないの。私が欲しいのは、彼だけなんだ。もちろんしんどい時もある。でもそんな時は、スマホのロックしたフォルダの中にある、隠し撮りした彼の身姿を見る。ああ、生きる活力が湧いてくる!
 そうやってこの半年、涙ぐましい「張込み捜査」を続けることができ、彼には毎週水曜日の18時前後にこの交差点を渡り、すぐ先の路地を入ったところの肉バルで夕食を食べる習慣があることがわかった。毎週、である。かなり几帳面な性格なのだと思う。ますますステキだ!そしてそんな彼とお近づきになるために思いついたのが、「角でぶつかって恋が芽生える」計画だ!発想が貧困すぎると笑うヤツは笑え。意外とベタなやり方のほうが上手くいったりするのが世の中だ。ちなみにトーストは咥えなくて大丈夫。私の中の天使が囁く。

 さらに計画のディテールを練り上げていく。交差点を渡り切ったところから、およそ30秒前後で彼はこの路地に入ってくる。誤差は3秒程度。このデータ取りに二ヶ月をかけたから、自信はある。目を瞑ってても彼とぶつかれる。そうして満を持した先々週の水曜日、この路地に来た私は愕然とする。肉バル臨時休業。出鼻をくじかれた私はそれでも、彼がそれを知らずに来やしないだろうかとその後終電まで待ってみたが空振りだった。先週の水曜日は月に一度のペリー来航。体調は万全で臨みたいので、交差点にあるオープンカフェから彼の姿をたしなむだけにとどめた。そして仕切り直しの今日、店は開いてるし、体調もすこぶる良い。今日こそ運命の日になる。カバンからスマホの画面をチラリと見る。ロック画面のシンデレラが私に微笑みかけている。そう、あと5分で彼はここを通る。今日こそはうまくキッカケを作るんだ!私の中の天使が囁く。


 来た!

 彼が交差点を渡る姿を目視で確認!ああ、いつもに増してステキ。思わず見惚れてしまう。いや、ダメダメ、集中するのよ。スラリとした長い足のストライドが、交差点を渡り切る。カウントダウン開始!30,29,28,,,,,


,,,,,,3,2,1,エイ!



 ドスンという衝撃。思っていた以上だ。バランスを崩す。ハイヒールのかかとが折れた。履きなれてないモノを履いてきたのがいけなかった?でもでも、だって、今日の私はシンデレラなんだから。スローモーションのように後ろへ倒れる私。驚いた顔で私を掴もうとする彼。ああ、大きく目を見開いた顔も、ステキだ。

 長い時間だったのか、一瞬だったのか。
 【もうすぐシンデレラになれるよ】私の中で天使が囁く。

「救急車を呼んで!君!しっかり!しっかりして!誰か救急車を!」

 彼の叫ぶ声がする。急に現実に引き戻される感じ。でも思ってた通りのイケボ。何もかもがステキな彼。
いやいや、ひたってる場合じゃない。救急車?え?どういう状況?そう思い目を開けると、目の前には私を抱き寄せる彼、、、、、を見降ろしているのも『私』?え?私の後頭部からは、赤いものが流れている、、、、

「息してない!」

 彼が私の鼻をつまむ。そして彼と私の唇が重なり、、、、ああ、王子様のキス!なんてこと、王子様出会って秒でキスするなんて、なんて大胆素敵な!そして私は王子様のキスで生き返るのね!って、それは白雪姫だったかしら?
とか言ってる場合ぢゃない。彼の呼吸に合わせて『私』は上がったり下がったり。でも段々と上がっていくスピードの方がまさって、『私』は上空へ昇っていく。
いやいや、そんなのいや。せっかく彼と巡り合うキッカケ作れたのに。そして一足飛びにキスまでしているのにぃ!そうよ、ここまで頑張れたのもあなたのおかげなのよ!私の中の天使!なんとかしてぇ!

【なんとかしてと言われましても】

突然聞こえる声に驚き振り向くとそこには私と同じ顔の、黒づくめの【私】がいた。

【ちょっと耳元でアドバイスしただけぢゃん。私としては、大成功の万万歳!】

妙にハスキーな、ちょっと拗ねた声を出す【私】は私の周りをふわふわと漂っている。背中には、羽。

『あなたが、私の中の天使?』

【どうみたら天使に見えるんだょ、ったく。悪魔ですがなにか?】

確かに黒い羽の天使はいないかも。

『え?どういうこと?シンデレラにしてくれるんじゃなかったの?』

【シンデレラにしてくださいと思ってる時点でシンデレラ失格とは思わない?私はあの太っちょの魔法使いのおばちゃんではないのだ。うわっはっは】

『そ、、、そんな、、、、あなたもディズニー映画を見るのね』

【そうそう、ネズミのジャックとガスがいい奴だよなぁ、ってツッコムのそこかぁい!アンタが繰り返し、嫌って言うほど見てるから、横にいてた私もたいがい覚えてしまっただけのことよ】

『じゃあ、私はこのまま死んでしまうの?』

【まぁ、彼とキスもできたし、ある意味彼の心に一生残る女性になれただろうし、ストーカー野郎だってバレずに済んだし!】

『もうすぐシンデレラにになれるよ、って言ったぢゃない!』

【えっと、もうすぐ、、、、もうすぐ死んでるなーのまちがいぢゃね?】

『王子様のキスで生き返るんじゃないの?』

【それは白雪姫だって】

『原作はキスしないのヨォ』
【知ってたんかぁい!】

 食い気味にツッコんでくる【私】の声を聞きながら、『私』は彼の姿を探す。でももう、彼と私の姿は見えなくなってしまった。『私』から大粒の涙が溢れて溢れて、キラキラと、まるでガラスの靴の欠片のようだ。
すると突然、欠片たちは渦を巻き、【私】の周りを囲むように舞い始めた。

【何これ、何のつもりよ。いやあ、やめてえ、痛い痛い痛いよぉっっっっっっ…】

 キラキラの中で、【私】は今までのキャラが崩壊するくらいの、可愛らしい女子アピールするかの声を上げて、煙のように消えていった。その瞬間だった。『私』は急速に落下する。フリーフォールの如くどんどんと加速して、加速して、

『こわいこわいこわいよぉっっっっっっ…』


 ハッ、、、、

 目を開けるとそこは、見知らぬ天井。

「気づいたんですね」

 声のする方を向いた。そこには私の王子様が。

「よかった、、、、本当によかった」

 瞳を少し潤ませながら笑う彼の顔は、私のあのキラキラよりも段違いに綺麗に輝いている。ああ、もう一度死にそう…。

 医師の説明では、私はあの後緊急手術を受け、その後丸三日眠っていたとのこと。その間、彼は毎日見舞いに来てくれていたのだ。

「どうしてそこまで?」

「僕がぼんやり歩いていたのが行けなかったんです。そのせいであなたになにかあったら、僕、、、どう償えばいいのかわからなくて」

「違います。私がいけないんです。あなたは何も悪くない」

「え?」

 彼に十字架を背負わすわけにはいかない。その想いだけで、私は正直にこの半年のすべてを彼に打ち明けた。彼はなんとも言えない面持ちで、それでも最後まで話を聞いてくれた。そして、無言のまま立ち上がり、軽く頭を下げ、病室を出ていった。
 当たり前だよね。こんなストーカー女に危うく人生狂わされる所だったんだから。こうなるのわかってて、私、なんで話しちゃったんだろ。馬鹿だよね。シンデレラになり損ねちゃった。
 あとからあとから大粒の涙が溢れて止まらない。誰もいない病室で、私は声を殺して泣き続けた。



 それから一か月ほどで私は無事退院した。そして会社に復帰して各方面に頭を下げにいった。みな口を揃えて、病み上がりなんだから無理するなよと言ってくれた。真面目に働いていた成果は、ここにしっかりと残っていた。でも彼はもういない。それを考えたくなくて、私は以前にも増して仕事に打ち込んだ。5時チンの必要もなくなり、残業も笑顔で受け入れた。

 復帰数日後、このあと仕事終わったら快気祝いしよう、と言い出したのは部長だった。同じ部署のみんなも乗ってくれた。何が食いたいか、主役が決めろと言われ、私はあの肉バルを希望した。事情を知らないみんなは、私があの日、その店での食事を食べ損ったから、そんなにあの店に行きたかったんだな、と口々に笑いながら、勘違いをしてくれた。彼のお気に入りの店、入り損ねたあの店に行ってみたいと思った。同じ空間を味わいたかった。それは正直な気持ちだった。そして、今日は金曜日。彼の来る日ではない。彼に会いたい、でも合わせる顔がないから、せめてあの店で彼のお気に入りの肉料理を食べたい。ただそれだけなんだ。でも、金曜日に彼は来ない。涙ぐましい「張込み調査」の結果だ。
そしてあの交差点を渡る。あの路地を曲がれば、、、、、

「いらっしゃいませ、何名さまですか?」

店員さんの元気な声。部長が答える。そして、ゾロゾロと店へと入っていくその時、

「あの」

後ろから声がして振り向くと、そこには。
言葉を失い立ち尽くす私に、同僚は何かを感じ、

「先に入ってるからね」

と気遣ってくれる。


「どうして、、、、」

え、怒られるの?てか、なんでここにいるの?

「渡さないといけないものがあって、どうしてももう一度会いたかった。あの時は無言で出て行って本当にごめん。すごく混乱してたというか、君になんて言えばよかったのか、、、、今でもわからないんだ」

怒ってはないのね、よかった、、、

「こちらこそごめんなさい。もう二度と会えないと思ってたから、、、、渡さないといけないものって?」

「あ、これ、、、」

渡された紙袋には、あの日履いていたガラスの靴、もといハイヒールのはずなのだが、ヒールが折れてない。

「救急隊の人に、君のカバンと靴を渡されて、靴だけ間違えて持って帰ってしまってて」

待ってなにそれ、照れ臭そうにする彼が尊い。

「ヒールが折れちゃったまま返すのもなんか違う気がして、修理に出したんだ。変だよね、、、」
「変じゃない!変じゃないけど、私、そこまでしてもらうような、、、」

「ううん、あの後色々考えたんだ。君が時間をかけてしてきたこと。たしかにストーカーチックとか言う人もいるだろうけど、でも僕はそのぉ、全然迷惑かかってないし、仕事やプライベートで繋がりがない人に告白する方法なんて、僕には思いつかない」

「でも、街で見かけただけの人にそこまで、、、」

何言ってる私。いい雰囲気になってんぢゃん。余計なこと言うなよ!

「僕は信じるよ」

何を?!

「一目惚れはある」

ぉ、、おう。

「僕も君に一目惚れしたんだから」

、、、、、ん?

「だから、またあの交差点に君が来てくれないか、毎日5時チンして、待ってたんだよ」

、、、、、んんんん?!

「今度は僕が君のストーカーになってたんだよ」

いやいや、ストーカーはそもそもあとをつける行為であって、って私何解説してる?

「僕の……シンデレラになってくれませんか?」

ああああ、イケボでそれ言う?

「ダメかな?」
「ダメぢゃない、ダメぢゃない、ダメぢゃない」

首を振りながらの私の高速リプに一瞬目を大きくする彼。
そして、二人で思いっきり笑った。
私の目からは大粒の涙がボロボロ落ちて、彼の周りがキラキラして見えた。あああ、もう死んでもいいかも。
その様子を『私』が俯瞰で見てる?え?また魂抜けちゃってる?やだやだ、前言撤回、死にたくなぁい!
彼は、魂の抜けた私に気づかないまま、強く抱き寄せて唇を重ねた。その瞬間、『私』はすぽんっと音を立てて、私に戻ったのだ。
そう!王子様のキスで、シンデレラは生き返ったのだ!めでたし、めでたし。



【だからそれはディズニー版の白雪姫だって!】



〜おしまい〜