凛風の死は、藤原家の力により穏便に処理された。とはいえ、その責を負う梶木は、凛風の葬儀が終わると同時に藤原家を去ることになった。
「すまなかったな、変な依頼に付き合わせて」
報酬の受け取りに来た俺を、梶木が藤原家の門前で出迎えてくれた。少し顔はやつれてはいるが、その両目は多少の力強さを取り戻しているようだった。
「これからどうするんですか?」
紙袋を受け取り、なんとなく気になって聞いてみる。梶木は渋い顔のまま、ひどく咳込んだ。
「肺をやられていてな。もう長くはない」
「長くないって、まさか――」
梶木が口をおさえるハンカチを見ると、明らかに血がついてるのが見えた。どうやら重い病にかかっているようで、梶木の表情からも後先長くないことは間違いなさそうだった。
「既に覚悟はできているから、余計な気づかいは無用だ。それに、残された時間を自由に使うつもりだからな」
「残された時間って、なにをするつもりなんですか?」
「妻と娘と過ごした思い出の地をまわろうと思っている。その後は、ひっそりと亡くなるつもりだ」
遠くの空を見つめたまま、梶木はぽつりと呟いた。ただ、その表情に悲壮感はなく、むしろ穏やかさが滲んでいた。
『自由に空を飛んでほしい人がいる』
ふと、凛風の言葉がよぎり、その瞬間に凛風の想いが見えた気がした。
――だから、凛風は死を選んだのか?
梶木の病に気づいた凛風は、せめて最後の時間は梶木自身のことに使ってほしいと願った。だが、梶木は凛風がいる以上、そばを離れることはなかった。
『大事な存在がいる』
凛風の言葉が蘇り、目の前の梶木と重なったところで、なぜ今になって凛風が死を選んだのかがわかった気がした。
梶木に頭を下げ、藤原家を後にする。奇妙な依頼だったが、今となっては依頼を受けてよかったとさえ思えてきた。
家に帰り、継父に報酬を渡すタイミングで心に決めていたことを聞くことにした。
「どうして、俺を引き取ったんだ?」
久しぶりの札束に喜々する継父に、勇気を出して聞いてみる。継父の本心を知るのは怖かったが、もう捨てられる恐怖に怯えて生きるのは嫌だった。
「なんだよ、急に」
「だって、血のつながらない俺を引き取る義務はなかったんだろ? なのに引き取ったのは、仕事で使えると思ったからなのか?」
いつもと違う俺の雰囲気にいぶかしげな表情を浮かべる継父に、一気に詰め寄った。
「馬鹿、そんな理由じゃねぇよ」
「じゃあ、どうして?」
「それは、お前が残ってくれると言ったからさ。こんな俺のそばにいてくれるって言ってくれたことが嬉しかったんだよ。それに、狭い家といってもよ、一人でいるよりマシだろ?」
照れくさそうに頭をかきながら語る継父を見て、なんだか一気に力が抜ける気がした。
『人は、そばにいるだけで誰かを幸せにすることができるんだよ』
そんな凛風の声が聞こえた気がして、俺は久しぶりに心から笑った。
「なんだよ、気持ち悪いな」
「ごめんごめん。それより、今日は久しぶりに肉でも食べようよ、父さん」
急に笑った俺に眉をひそめる継父に、俺は照れながらも初めて継父を「父さん」と呼んだ。
そして、スマホを取り出して幼なじみのメッセージを開くと、そのまま勢いに任せて「参加する」と返信を送った。
〜了〜
「すまなかったな、変な依頼に付き合わせて」
報酬の受け取りに来た俺を、梶木が藤原家の門前で出迎えてくれた。少し顔はやつれてはいるが、その両目は多少の力強さを取り戻しているようだった。
「これからどうするんですか?」
紙袋を受け取り、なんとなく気になって聞いてみる。梶木は渋い顔のまま、ひどく咳込んだ。
「肺をやられていてな。もう長くはない」
「長くないって、まさか――」
梶木が口をおさえるハンカチを見ると、明らかに血がついてるのが見えた。どうやら重い病にかかっているようで、梶木の表情からも後先長くないことは間違いなさそうだった。
「既に覚悟はできているから、余計な気づかいは無用だ。それに、残された時間を自由に使うつもりだからな」
「残された時間って、なにをするつもりなんですか?」
「妻と娘と過ごした思い出の地をまわろうと思っている。その後は、ひっそりと亡くなるつもりだ」
遠くの空を見つめたまま、梶木はぽつりと呟いた。ただ、その表情に悲壮感はなく、むしろ穏やかさが滲んでいた。
『自由に空を飛んでほしい人がいる』
ふと、凛風の言葉がよぎり、その瞬間に凛風の想いが見えた気がした。
――だから、凛風は死を選んだのか?
梶木の病に気づいた凛風は、せめて最後の時間は梶木自身のことに使ってほしいと願った。だが、梶木は凛風がいる以上、そばを離れることはなかった。
『大事な存在がいる』
凛風の言葉が蘇り、目の前の梶木と重なったところで、なぜ今になって凛風が死を選んだのかがわかった気がした。
梶木に頭を下げ、藤原家を後にする。奇妙な依頼だったが、今となっては依頼を受けてよかったとさえ思えてきた。
家に帰り、継父に報酬を渡すタイミングで心に決めていたことを聞くことにした。
「どうして、俺を引き取ったんだ?」
久しぶりの札束に喜々する継父に、勇気を出して聞いてみる。継父の本心を知るのは怖かったが、もう捨てられる恐怖に怯えて生きるのは嫌だった。
「なんだよ、急に」
「だって、血のつながらない俺を引き取る義務はなかったんだろ? なのに引き取ったのは、仕事で使えると思ったからなのか?」
いつもと違う俺の雰囲気にいぶかしげな表情を浮かべる継父に、一気に詰め寄った。
「馬鹿、そんな理由じゃねぇよ」
「じゃあ、どうして?」
「それは、お前が残ってくれると言ったからさ。こんな俺のそばにいてくれるって言ってくれたことが嬉しかったんだよ。それに、狭い家といってもよ、一人でいるよりマシだろ?」
照れくさそうに頭をかきながら語る継父を見て、なんだか一気に力が抜ける気がした。
『人は、そばにいるだけで誰かを幸せにすることができるんだよ』
そんな凛風の声が聞こえた気がして、俺は久しぶりに心から笑った。
「なんだよ、気持ち悪いな」
「ごめんごめん。それより、今日は久しぶりに肉でも食べようよ、父さん」
急に笑った俺に眉をひそめる継父に、俺は照れながらも初めて継父を「父さん」と呼んだ。
そして、スマホを取り出して幼なじみのメッセージを開くと、そのまま勢いに任せて「参加する」と返信を送った。
〜了〜