決行当日は、雪が散らつく聖夜となった。最小限の生命維持装置をのせ、梶木が運転する車で大通りに向かう。駅前の広場にはデコレーションされたクリスマスオブジェが設置されており、多くの人でにぎわいをみせていた。

 専用の車いすに乗り、白いコートを着た凛風は終始楽しそうだった。その反面、黒いスーツを着た梶木は無言のままハンドルを握っていた。

 ――本当に終わらせるつもりなのか?

 二人の対象的な空気に挟まれた俺は、止まらない凛風の話を聞き続けていた。その裏で、凛風のことをぼんやり考えていた。

 凛風はなぜ今更死にたいと思ったのか。今の体に絶望したわけでもなく、梶木も望んでいないことは明白だ。なのに、人生を終わらせる選択をしたきっかけはなんだったのだろうか。

 常にそばで仕える梶木にさえ推し量れないのだから、俺にわかるはずもない。俺がやることは、ただ凛風の旅立ちを見守るだけだった。

 駅前の広場で車をおり、トナカイやサンタのオブジェに目を輝かす凛風の車いすを、梶木は一切の表情を捨てて押していた。

「梶木、綺麗だね」

 銀世界に広がるきらびやかなイルミネーションは、まさに息をのむ美しさだった。梶木は凛風の声に答えることなく、ただ車いすのグリップを握りしめていた。

 やがて、雪が厚みを増す中、いよいよバッテリーが切れる時間がやってきた。体の機能の大半を機械に頼る凛風にとって、バッテリー切れはすなわち死を意味していた。

「本当にいいのか?」

「大丈夫、決めたことだから。それより、竜也くんに伝えたいことがあります」

「なんだよ、急に改まって」

 巨大なクリスマスツリーの前に来たところで、凛風は覚悟を決めるように表情を真顔に戻した。

「竜也くん、どうか前を向いて生きてください。私に梶木がいたように、竜也くんにもきっとそばにいてくれる人がいるはずです。人は、そこにいるだけで誰かを幸せにすることができます。それが、人の存在する価値だと思います。こんな姿になった私であったとしても、梶木は必要としてくれました。だから、竜也くんが自分に価値がないと思っていたとしても、竜也くんを必要とする人がいるはずです。そして、竜也くんも誰かを幸せにできる存在だということを忘れないでください」

 しっかりと俺を見つめてさとすように話す凛風。その目には一切のよどみはなかったから、凛風の言葉が胸に滲むように溶けていった。

「梶木」

 うっすらとバッテリーのランプが消えていく中、凛風が優しい笑みで梶原を呼んだ。

「梶木、メリークリスマスだね」

 弱々しい声で呟く凛風だったが、その顔は今までで一番の笑顔だった。

 だからだろう、梶木は「お嬢様」と呟いたと同時に、泣き崩れるように顔を伏せた。

 そんな梶木の肩にそっと手を置く。凛風が返事を待っているのがわかったから、梶木の背中を押してやった。

「お嬢様、メリークリスマスです」

 なんとか顔を上げた梶木は、顔をくしゃくしゃにしながらも、最後はぎこちない笑みで答えた。

「凛風、メリークリスマス」

「竜也くん、メリークリスマス」

 別れの挨拶としては不似合な最後の言葉を交わすと、舞い散る雪の中、凛風は銀世界の彼方へ旅立っていった。