継父が営む寂れた便利屋を手伝い始めて一年になる俺にとって、今回の依頼は一言で言えば奇妙だった。
雪がちらつく中、着古しのコートに顎を埋めて名家で知られる藤原家へ向かう。吐く息も凍りそうな冷たさの中、黒光りする巨大な門の前に待ち受けていたのは、初老のいかつい男だった。
「遠藤竜也か?」
長身から見下ろす冷たい眼差しに似合う低い声で、梶木と名乗った男が俺を値踏みしてくる。中卒の十七歳、ひ弱な体躯といつもなにかに怯えた目をしている俺への梶木の評価は、無表情のまま鼻で笑うだった。
「用件は二つだ。お嬢様に会うこと。お嬢様の機嫌を損なわないこと。わかったな?」
依頼内容を確認しようとした俺の口を塞ぐように吐き捨てると、梶木は門の奥に消えていった。一人取り残された俺は、今時まだお嬢様という言葉を使うのかよと眉をひそめつつ、開かれた門をくぐった。
門の先には武家屋敷を連想させるような本宅があり、その横を梶木が初老とは思えないスピードですり抜けていく。迷子になりそうな広さに怖さを感じた俺は、なんとか梶木に追いつくと、息を整える暇もなくさらに奥へと連れていかされた。
「最初に言っておくが、お嬢様は普通ではない」
本宅とは比較にならないこじんまりとした屋敷についたところで、梶木が無表情のままぽつりと呟いた。
「普通じゃないって――」
「お嬢様は、中学生のときに交通事故に遭われて以来、首から下が麻痺しておられる。いわば寝たきりの状態だ」
有無を言わせない勢いで、梶木が簡潔にお嬢様の状態を説明する。突然のことに息をのむしかなかった俺は、頭の整理がつかないまま屋敷に通されることになった。
古民家風の作りの室内は、暖がきいていて心地よかった。コートを脱ぎ、一際威厳を放つ襖が開いて中に入ると、その重苦しい雰囲気に後ろに倒れそうになった。
数人のメイドに囲まれた薄いカーテンに浮かぶシルエット。いくつもの機械や点滴が混在する中、ベッドに横たわる長い髪の少女がはっきりと見えた。
梶木に促され、いよいよお嬢様と対面する。明らかに異物を見るような視線を感じながらカーテンを開けると、布団から顔だけ覗かせた眠り姫がにこやかに笑っていた。
「は、はじめまして、藤原凛風です」
消え入りそうな声。だが、はっきりとした意思が感じられた。なんとか自己紹介し、凛風を観察する。凛風は、青白いとはいえとてもきれいな顔をしていた。正直、街で会ったら二度見しているだろう。もっと重苦しい雰囲気を想像していたが、同じ年齢ということもあり、その笑顔にはすぐに親近感を抱くことができた。
「なあ、今回の依頼って具体的になにをすればいいんだ?」
雑談で緊張がほぐれたところを見計らい、早速本題に入った。見た感じ、立場は凛風が上だろう。ならば依頼主は梶木ではなく凛風の可能性が高かった。
「私を、外に出してほしいの」
「え?」
「だから、ここから外に出るのを手伝ってほしいってのが今回の依頼かな」
微かに赤くなった頬ですねる凛風に、混乱が深まっていく。外に出たいだけなら梶木を頼ればすむ話だ。場末のいかがわしい便利屋に頼むには、あまりにもこっけいな依頼だった。
――なにか裏がありそうだな
じっと眺めてくる凛風にわずかな心音の乱れを感じながら、依頼内容を考えてみる。首から下が麻痺しているとはいえ、外出するのはそれほど難しいことではないはず。なのに、それを便利屋に頼むということは、便利屋にしか頼めない事情があるということだろう。
「外出って、どこか行きたい場所があるのか?」
「行ってみたい場所は、駅前の広場なの。今、クリスマスイルミネーションをやってるでしょ? それを間近で見てみたいの」
そう語る凛風の目が、ベッドに備えられたモニターに移った。見ると、この街でクリスマスシーズンに行われている街頭イルミネーションを説明している動画が流れていた。
「そのくらいなら、そこの険しい顔したおっさんに頼んだらいいんじゃないのか?」
凛風の耳もとに近づき、眉間にシワを寄せた梶木の真似をしてみせる。凛風は一瞬驚きながらも、顔を赤くして笑い出した。
「そうなんだけどね。でも、私が外出したい本当の理由は別にあるの」
「別?」
「私ね、イルミネーションを見ながら人生を終わらせたいと考えてるんだ」
わずかに視線をそらした凛風だが、その表情に迷いは見えなかった。おかげで、凛風の依頼の内容がわかった。今回の依頼は、簡単にいえば関節的な自殺ほう助だった。
――なるほどな。確かに、場末の便利屋に頼む依頼だよ
依頼内容がわかったことで、一人納得する。だが、納得したところで依頼内容のまずさが変わることはなかった。
「手伝ってくれるよね?」
すがるような眼差しに、反射的に生唾を飲み込んだ。本当なら冗談じゃないと切り捨てたいところだが、そうできない事情を俺は抱えていた。
「お嬢様、時間です」
返答に屈しているところで、梶木がタイミングよく間に入ってきた。どうやら面会は終わりということで、不満げな凛風をよそに俺は屋敷から追い出された。
「また連絡する」
手際よく野良犬を追い払うように寒空の下に放り出した俺に、梶木が感情の読めない声で一方的にそう告げた。
――なんなんだよ、まったく
ぴしゃりと閉められた門を睨みながら、なんだかとんでもないことに巻き込まれたような気がして、寒さとは別の震えが全身を襲ってきた。
雪がちらつく中、着古しのコートに顎を埋めて名家で知られる藤原家へ向かう。吐く息も凍りそうな冷たさの中、黒光りする巨大な門の前に待ち受けていたのは、初老のいかつい男だった。
「遠藤竜也か?」
長身から見下ろす冷たい眼差しに似合う低い声で、梶木と名乗った男が俺を値踏みしてくる。中卒の十七歳、ひ弱な体躯といつもなにかに怯えた目をしている俺への梶木の評価は、無表情のまま鼻で笑うだった。
「用件は二つだ。お嬢様に会うこと。お嬢様の機嫌を損なわないこと。わかったな?」
依頼内容を確認しようとした俺の口を塞ぐように吐き捨てると、梶木は門の奥に消えていった。一人取り残された俺は、今時まだお嬢様という言葉を使うのかよと眉をひそめつつ、開かれた門をくぐった。
門の先には武家屋敷を連想させるような本宅があり、その横を梶木が初老とは思えないスピードですり抜けていく。迷子になりそうな広さに怖さを感じた俺は、なんとか梶木に追いつくと、息を整える暇もなくさらに奥へと連れていかされた。
「最初に言っておくが、お嬢様は普通ではない」
本宅とは比較にならないこじんまりとした屋敷についたところで、梶木が無表情のままぽつりと呟いた。
「普通じゃないって――」
「お嬢様は、中学生のときに交通事故に遭われて以来、首から下が麻痺しておられる。いわば寝たきりの状態だ」
有無を言わせない勢いで、梶木が簡潔にお嬢様の状態を説明する。突然のことに息をのむしかなかった俺は、頭の整理がつかないまま屋敷に通されることになった。
古民家風の作りの室内は、暖がきいていて心地よかった。コートを脱ぎ、一際威厳を放つ襖が開いて中に入ると、その重苦しい雰囲気に後ろに倒れそうになった。
数人のメイドに囲まれた薄いカーテンに浮かぶシルエット。いくつもの機械や点滴が混在する中、ベッドに横たわる長い髪の少女がはっきりと見えた。
梶木に促され、いよいよお嬢様と対面する。明らかに異物を見るような視線を感じながらカーテンを開けると、布団から顔だけ覗かせた眠り姫がにこやかに笑っていた。
「は、はじめまして、藤原凛風です」
消え入りそうな声。だが、はっきりとした意思が感じられた。なんとか自己紹介し、凛風を観察する。凛風は、青白いとはいえとてもきれいな顔をしていた。正直、街で会ったら二度見しているだろう。もっと重苦しい雰囲気を想像していたが、同じ年齢ということもあり、その笑顔にはすぐに親近感を抱くことができた。
「なあ、今回の依頼って具体的になにをすればいいんだ?」
雑談で緊張がほぐれたところを見計らい、早速本題に入った。見た感じ、立場は凛風が上だろう。ならば依頼主は梶木ではなく凛風の可能性が高かった。
「私を、外に出してほしいの」
「え?」
「だから、ここから外に出るのを手伝ってほしいってのが今回の依頼かな」
微かに赤くなった頬ですねる凛風に、混乱が深まっていく。外に出たいだけなら梶木を頼ればすむ話だ。場末のいかがわしい便利屋に頼むには、あまりにもこっけいな依頼だった。
――なにか裏がありそうだな
じっと眺めてくる凛風にわずかな心音の乱れを感じながら、依頼内容を考えてみる。首から下が麻痺しているとはいえ、外出するのはそれほど難しいことではないはず。なのに、それを便利屋に頼むということは、便利屋にしか頼めない事情があるということだろう。
「外出って、どこか行きたい場所があるのか?」
「行ってみたい場所は、駅前の広場なの。今、クリスマスイルミネーションをやってるでしょ? それを間近で見てみたいの」
そう語る凛風の目が、ベッドに備えられたモニターに移った。見ると、この街でクリスマスシーズンに行われている街頭イルミネーションを説明している動画が流れていた。
「そのくらいなら、そこの険しい顔したおっさんに頼んだらいいんじゃないのか?」
凛風の耳もとに近づき、眉間にシワを寄せた梶木の真似をしてみせる。凛風は一瞬驚きながらも、顔を赤くして笑い出した。
「そうなんだけどね。でも、私が外出したい本当の理由は別にあるの」
「別?」
「私ね、イルミネーションを見ながら人生を終わらせたいと考えてるんだ」
わずかに視線をそらした凛風だが、その表情に迷いは見えなかった。おかげで、凛風の依頼の内容がわかった。今回の依頼は、簡単にいえば関節的な自殺ほう助だった。
――なるほどな。確かに、場末の便利屋に頼む依頼だよ
依頼内容がわかったことで、一人納得する。だが、納得したところで依頼内容のまずさが変わることはなかった。
「手伝ってくれるよね?」
すがるような眼差しに、反射的に生唾を飲み込んだ。本当なら冗談じゃないと切り捨てたいところだが、そうできない事情を俺は抱えていた。
「お嬢様、時間です」
返答に屈しているところで、梶木がタイミングよく間に入ってきた。どうやら面会は終わりということで、不満げな凛風をよそに俺は屋敷から追い出された。
「また連絡する」
手際よく野良犬を追い払うように寒空の下に放り出した俺に、梶木が感情の読めない声で一方的にそう告げた。
――なんなんだよ、まったく
ぴしゃりと閉められた門を睨みながら、なんだかとんでもないことに巻き込まれたような気がして、寒さとは別の震えが全身を襲ってきた。