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美咲が、家に帰ると、

玄関で待ち構えていた母親が、

『あ〜良かった。帰って来て。スマホにも出ないで。
翔君から家に電話があったのよ。会いに来るって。帰って来なかったらどうしようかと思ったじゃない。』

『えっ‼︎翔が私に、会いに来るの?』

『そうよ。貴方は、花姫なんだから。いつまでも翔君が、放っておくないって思ってたのよ。』

『…そうなのかな?』
と自信なさげに呟いた。

『何言ってるのよ。当たり前でしょ。美咲は、花姫なんだから。

そんなことより、早く着替えてらっしゃい。そんな格好で翔君と会う気なの?』

母親の言葉に自分を見下ろした美咲は、自分の着ている服を確認すると、慌てて、2階へ部屋へ向かった。

自分の服が置いてある衣装部屋を開けて、服を探すと、着替えて、洗面所に向かった。

一つに束ねていたゴムを解き、髪を綺麗にセットし直した。

身支度を整えて、鏡を見ると、そこには、見慣れたいつもの自分がいた。

翔が私に会いに来る…。やっぱりお母さんの言う通りなのよ。あんな…道忠とかっていう奴の言うことなんか間違いに決まってる。

『翔に会えれは、元に戻れる。
私は、翔の花姫なんだから。』

そう呟くと、リビングに向かった。

着替えてきた美咲を見た母親が、駆け寄ってきて、美咲をソファに座らせると、

『本当に良かったわ。帰って来て。』
と上機嫌で話し出した。

『着替えも間にあったし…。せっかく久しぶりに会えるのにあんな格好をしてたら、翔君にがっかりされるところだったわ。

それにしても、本当に、良かったわ。
翔君が早く会いに来て来れて。
まあ、離れている時間が長くなるほど、会いたくなるから、当然よね。

美咲は、翔君の花姫なんだから、
離れていられるわけがないのよ。』

もう何もかも上手くいく気になっている母親を、見ながら、

「お母さんの言うことは、いつもあってた。
だから、今回だってきっとそう。
お母さんが言う通り上手くいく。」

美咲はそう自分に言い聞かせていた。

程なくして、玄関のチャイムが鳴った。

美咲が弾かれたように玄関に走って行った。

玄関を開けると、待ち焦がれていた翔が目の前に立っていた。

思わず、抱きつこうとしたら、翔の腕で制された。

思いも寄らなかった翔の行動に、驚いて顔を上げると、翔は、今まで見たことのない冷ややかな表情をしていた。

それを見て、美咲は一気に青ざめた。

遅れて、母親が玄関にやって来て、

『美咲、そんなところで立ってないで、早く中に案内しないと。
翔君、お話しなら、中へどうぞ。』
と声を掛けた。

『今日は、美咲と話をしに来ました。中に入らせて貰います。』
とこたえて、靴を脱いで、家にあがった。

『ほら、会えて嬉しいからって固まっていないで、美咲もこっちにいらっしゃい。』

という母親の言葉を聞いて、凍りついたようにその場に立ち尽くしていた美咲も、我に返って、2人の後を追ってリビングに入って行った。

翔は、リビングにある応接間まで来ると、

『美咲と2人で話をさせて貰えませんか?』
と母親に言った。

『それなら美咲の部屋へ
と、案内しようとする母親を、

『いえ、ここで構いません‼︎』
と強い口調で制した。

母親は驚きつつも、美咲を促してソファに座らせると、

『2人でしっかり話し合うのよ。
翔君、話しが済んだら声を掛けてね。

そうそう。夕飯は済んだかしら、まだなら、食べて行ってね。あっ、主人にも連絡しないと。』
そう言ってリビングを出て行った。

あの母親はどうなっているんだと思いながら、2人きりになった翔は、

『昨日から、姉の忍葉様と美月様に付き纏っているそうだね。』
と切り出した。

その言葉にカッとなった美咲が、

『付き纏ってなんかいない‼︎』
と叫ぶように言った。

美咲や家族たちが、姉の忍葉にかなり執着しているようだと知った両親が、仮にも息子の花姫だった美咲や家族たちが、姉の花姫たちに、これ以上何かをしないか心配して、浅井家に見張りをつけていた。

美咲たちの行動の報告を逐一受け、今日、黄竜門家と朱雀門家に謝罪と確認の連絡をした両親が、相談し、自分たちが対応に動く前にと、話してくれた内容は、付き纏っているとしかいいようのないものだった。

それを美咲は、付き纏っていないと言う。
言い逃れしているようにも見えない。

つくづく美咲が何を考えているかわからないと思いながら、

『じゃあ、なぜ、今日、姉の忍葉様のところへ行ったんだ?』

『それは…、』
と言って美咲が口籠った。

『言ってくれ。言わないとわからない‼︎』
強く翔に言われて、美咲が口を開く。

『スマホを見ていて、お姉ちゃんが、中央区を出て、どんどん離れて行ったたから…、やっぱり花姫なんかじゃないって、確認しに行っただけ…、付き纏ってなんかいない。』

『…スマホを見ていたって、見張っていたのか?』

『見張ってない。お姉ちゃんが何処にいるかただ、確認してただけ。』

『それを見張っていると言うんだよ‼︎美咲。

今日の早朝、花紋が現れたそうだ。美咲だって見たんだろう。
忍葉様は、間違いなく花姫だ。
もうわかっただろう。

姉たちにもう付き纏うな。付き纏っても何も変わらない。お前の立場が悪くなるだけだ。』

『……そんな、そんなはず…』
と繰り返す美咲を呆れつつも、哀しげに見つめたあと、

『美咲、なんであんなことをした?
いくら考えても、俺にはわからない。

俺は美咲にとって、失っても構わないような存在だったのか?そんなものだったのか?
教えてくれ。美咲。』

聞きたくないが、聞きたい。葛藤しながらも美咲に問いかけた。

『違う‼︎違う。そんな翔が居なくなるなんて思いもしなかった。なんで、なんでこんなことになったのかわからない‼︎

だって…、今まで、私の思う通りになるのが当たり前だったのに…、なんでこんなことになるの…?』

と言って、
美咲がポツリ、ポツリと話し出した。

『お姉ちゃんは、私より下のはずなのに…、チヤホヤされて…、私の方が悪者みたいに、花姫会から説教をされて…。

翔のところへ行く前に、ハッキリ立場をわからせて、追い払って置かなきゃと思った。

だってそうでしょう。

あのままじゃ、花姫の私が、花紋も出ない欠陥品のお姉ちゃんのまるで下みたいになるじゃない。そんなのあり得ないのに…。』

『そんなことのために、あんなことをしたのか?』

『…翔まで…そんなふうに言うの…?』

『何を言っているんだ?』

『だってそうじゃない。みんなが、そんなくだらないことのためにって…、
美月も、道忠って人も、お姉ちゃんまで‼︎

くだらないわけないでしょ‼︎

私は、花姫なのよ‼︎
選ばれて生まれて来たのよ‼︎

欠陥品で生まれてきて、親にも相手にされないあんなお姉ちゃんより下にされるなんて…あり得ない。そんなこと許されるわけないじゃない。だから…正そうとしただけなのに…。なんで?…なんでなの?』

そんなことを本気で、なんの疑問もなく思っていたのかと愕然としながら、

『姉を貶める為に、何もかも失うなんて馬鹿げてるだろう…』
と翔が力なく言った。

本当は、わかりかけていた。だけど、認めることができなかった。認めてしまったら、翔を失ったことも、認めなければいけない…、

だから、わからないでいようと今までの考えに固執していた最後の何かが、翔の言葉で外れた美咲は、一気に力が抜けたように、その場に(くずお)れた。

美咲のそんな様子をただ、黙って見ていた翔は、気を取り直すと、

『美咲、GPSアプリを入れているのか?
スマホを見せて見ろ。』
と言った。
美咲がおすおずと翔にスマホを渡した。

『美咲のスマホを確認しながら、もう忍葉様にも、美月様にも関わろうとするな。

お二人とも、もう美咲とも、両親とも関わりたくないそうだ。
美咲や家族がこれまでしてきたことは、そう思われても仕方ないことだと思う。
わかるか?』

力なく美咲が頷いた。

GPSアプリや姉妹たちの連絡先を消そうか迷った。

きっと、消したところで、美咲が自分が何をしているのか本当に理解しない限りは、変わらないだろうし、
頷いた美咲を信じたかった翔は、自分が手を出すことを踏み留まった。

『千虎家は、美咲を花姫として受け入れない。
神獣人社会も、美咲を花姫だとは認めない。
その決定は聞いたか?』

美咲が力なく頷くのを確認して、

『今後、決定が覆ることは絶対にない。

そして、それとは関係なく、俺はもう美咲とは会わない。

あの日、本当は何があったか?調査した警官に全て聞いた。

全てが嘘だと知って、何を考えているかわからない美咲が恐いと思った。

とても会う気になれなかった。

今日、姉に会いに行って、掴みかかったと聞いて放って置けなくて来たけど、

もう美咲と会う気はない。
美咲のしたことは、許せない。
花姫だから、余計に、無理だ…。

もう姉たちに関わって迷惑をかけるな。』

そういうと立ち上がって、歩き出した。

美咲が、足にしがみついて、
『嫌、嫌。』
と言って泣き出した。

その姿に思わず抱き寄せたくなった。

次の瞬間、姉に襲われたと言って縋りついた美咲の姿が頭に浮かんだ。

許せるものなら許したい。
だけど、信じられない。

翔は加減をしつつ、美咲を降り払って歩き出した。美咲は立ち上がって尚も、縋りつく。

揉み合いながら玄関まで行くと、
騒ぎを聞きつけて、母親がやって来た。

『どうしたの?話し合ったんじゃないの?』

『僕は、別れと、もう花姫の姉たちに関わらないように言いに来ただけです。
お母さんたちも、

『別れって…貴方たちは、花王子と花姫じゃない。何を言っているの?別れられるわけないでしょ。
ほら、花紋だってあるじゃない。』

そう言って、美咲の腕を取ると、美咲の手の甲を翔に突きつけるように見せた。

この母親はこの後に及んでまで、一体何を考えているんだ。
そう思いながら、美咲の手の甲を見て愕然とした。

『ない‼︎花紋がない。どういうことだ‼︎』
美咲の手を持って翔が怒鳴るように言った。

その言葉に驚いて、母親と美咲が手の甲を見た。

母親が反対側の手の甲も確認して、
『えっ?花紋がない‼︎どういうことよ。美咲。』
と詰め寄る。

『わからない。朝は確かにあった。帰って来た時も…。いつ無くなったの?なんで…、なんで無くなったの?花姫の証なのに。』

そう言うと美咲は、力なく座り込んで、自分の手の甲を呆然と見ながら、

『凄く濃い桃色になってた。あんなに綺麗だったのに…。』
と呟いた。

わけがわからないまま、翔は、座り込んだ美咲を呆然と見ていた。