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柘榴様邸は、中央区の奥の方にあった。

その辺の住宅街は、立派な門構えをし、門から邸宅までの間に、家が何軒か立ちそうな広い敷地に、離れが幾つかあるような豪邸が、立ち並び、

道路は、私の家の住宅街の一方通行ばかりある狭い道路と違って、余裕の2車線に、しっかり歩行者や自転車が通る通路があり、

他所者が来たらすぐにわかるんだろうとわかるくらい整備された閑静な住宅街だった。

警備がし易いので、早く中央区管内に引っ越して欲しいと言われていた意味がよくわかった。

豪邸が立ち並ぶ中でも、柘榴様の邸宅は、一際大きかった。

一人で行くと思っていたら、美月の元まで、紫紺様にしっかり付き添われた。

一緒に行くと言われた時は、移動は車だし、一人で大丈夫だと思ったけど、

門構えを見ただけで、あまりの豪邸ぶりに、震えがきた私には、紫紺さまの付き添いは必要だったと思った。

藍蓮様と美月とコクが玄関で迎えてくれ、美月は早速、ドーベルマンのコクを紹介してくれた。

ドーベルマンが柘榴邸に似合うと言っていた美月には大賛成だと思った。

厳つさが同レベルにしか見えなかったから。

藍蓮様は、この家で生まれ育ったせいか、神獣人の神気のせいか…いや、きっと両方だろうな、家に馴染んで違和感が全く無かった。

それは、紫紺様も同じだった。

ただの女子高生の自分がいきなりこんな所へ来てしまっていいのか戸惑いを覚えた。

紫紺様も、藍蓮様も用があるそうで、夕飯を一緒にする約束をし、玄関で別れた。

美月が私が泊まる部屋へ案内してくれた。

部屋は、家のリビングダイニングがすっぽり収まる広さは余裕にありそうで、お風呂や、トイレ、化粧や着替えまで余裕で出来そうなサニタリールームまであった。

自然と溜息が溢れた。

『圧倒されるよね。』

『うん。美月が柘榴様邸に始めて行った時に、こんなところの花姫になっていいのかと思った気持ちわかる…。』

『ふふっ。そうでしょ。』

そう言った美月には余裕を感じられた。この数日で何があったのか…と思った。

『ねぇ、お姉ちゃん、皆んなが張り切ってお茶の用意していたから、早くリビングに行こう。』

そう言って、リビングまで連れて行かれた。

リビングのソファに座ると、使用人の方が、お茶とケーキスタンドに乗ったケーキを運んで来てくれた。

何もかもスケールが違い過ぎて、圧倒された。別世界に迷い込んでしまった気分だった。そんな私の様子を見ながら、

『お姉ちゃんが来るって言ったら、皆んなが凄い張り切って色々、用意してたんだよ。あの部屋だって。』

『美月は、大事にされてるんだね。姉の私にまでこんなに良くしてくれるなんて。』

『やっぱりお姉ちゃん、わかってないね。それもあるけど、お姉ちゃんが、紫紺様の花姫だからだよ。』

『えっ‼︎』

『花姫は神獣人にとって本当に大切な存在なんだよ。まだ、ほんの数日だけど、柘榴様の家や藍蓮様の家で過ごして痛感した。

神獣人一族トップの花姫なんて、お会いしてお世話できただけで自慢になるって大騒ぎだったんだから。』

なんだか逃げたくなってきた…。へしがれたような育ちをした私じゃ、こんな場所に相応しい態度なんてどうやっても私にはできない。 さぞガッカリさせてしまうんだろうと申し訳なく思った。

『花姫にも、注目されることにも、早く慣れないとね。』

『…な、慣れる?慣れのレベルの話なの?』

『そうそう。』
そう言って美月は笑っていた。

そういう話しじゃない気しかしないんだけど…。どうしよう…。

『それよりお姉ちゃん大丈夫だった。美咲から電話があったんでしょ。』

その言葉で現実離れした世界に驚いて吹き飛んでいた今の問題に一気に心が戻った。

『うん。あった。美月もでしょ。お母さん、何って言ってたの?』

『美咲が大変なことになったから、私に家に戻って来いって。
藍蓮様に中央区管内で家族と住めるように頼めって。そうすれば、美咲が中央区管内の学校に通えて翔様に会う機会ができるから。
って言ってたよ。』

と美月は呆れたように言った。

『お母さんが美月にも、そんな態度を取るなんて…。』

『そお?お母さんはずっとあんな風だよ。』

『えっ‼︎あんな風って。』

『お母さんが大事なのは、美咲でも、私でもなくて自慢できる双子の母親でいることだから。』

美月の言葉がしっくりきた分、自分や自分の親をそう表現するしかない美月の気持ちを思うと胸が痛んだ。

『今まで、美咲を一番、贔屓してきたけど、もう千虎家からも、翔様からも、相手にされないとわかったらあの人、きっと手の平を返すと思う。』

そうなんだろうか…?私にはとても信じられなかった。

『小さい頃から家は、他の家と比べて変だと感じてた…、小学校の高学年になる頃には、お母さんにも、お父さんにも、疑問が強くなって、ずっとわかって欲しい、変わって欲しいって思ってた…。

花姫会の千景さんに会って、神獣人となら何か変えられると思った。

藍蓮様や柘榴様、神獣人の使用人の人達との生活をして見て、お母さんやお父さんは、ちゃんとした大人じゃないんだって気づいた。

そういうお母さんたちに合わせてきた。

お母さんたちがいつかわかって変わってくれるのを待って。

美咲が花姫になってから、色々、あったでしょ?お母さんもお父さんも何も変わらない。

でも、私は少しずつ変わってきた。

ここでは、皆んなが気持ちを理解して支えてくれるから。

変えられるのは、自分で親じゃないんだとわかったし、もう親と分かり合えることは無いんだと思った。』

そう言った美月は、寂しそうだった。

『美咲も…。小さい頃はあんな風じゃなかった。あの頃の美咲に戻って欲しいとずっと思ってた。

でも、もし私と美咲の立場が逆だったとして、見た目を理由にして、
お母さんと一緒にずっとお姉ちゃんにあんな言葉や態度を取り続けるか?って考える度、
美咲が理解できないって思ってた。

美咲には変わって欲しいと思う。

でも、それは美咲が気づいて自分ですること、私じゃない。私は何も出来ない。

私は私のことをするしかないんだって思った。』

『ねぇ。お姉ちゃん、お祖父ちゃんたちの家に行く?』

『うん…まだ、迷っている。ここにも、美咲やお母さんのことがなければ、来る決断が出来なかった。

前みたいな恐怖じゃないけど、
自分の進む道を自分で決めてしまったら…、

あっ‼︎ああ…、私、紫紺様の花姫になりたいのかも…。

ああ、どうしよう…私なんかがなっていいの?もっと相応しい人が一杯いるはず、

私がなれるの?紫紺様の隣に居ていいの?
どうしよう???美月…。』

『相応しい人は確かに一杯いるかもしれない。だけど、お姉ちゃん以外、紫紺様の花姫にはなれないよ。

だから、なっていいも何もないよ。

お姉ちゃんがならなかったら、紫紺様に花姫が居なくなるし、お姉ちゃんにも、花王子の紫紺様が居なくなる。

紫紺様が居なくていいの?』

『嫌‼︎無理‼︎考えられない‼︎』

叫んでからビックリした。

『えっ!あれ、私…。』

『花姫と花王子の結びつきは深いんだよ。出会ったら、離れられない。

お姉ちゃんは、花紋が出ることに強い抵抗があったから、気づくのが遅くなったけど、気づいたら、もう一緒に居られるように進むしか道はないよ。

それに、お姉ちゃんの抵抗が強すぎただけで、私だって、他の花姫だって、抵抗も不安もあるよ。一杯。

普通に育って、いきなり何もかもがずば抜けてる神獣人の社会に、小娘が一人で入るんだから。

大丈夫どうにかなるって。みんなどうにかなったから、花姫は国民の宝になっているんだよ。』

美月の力強い言葉が身に染みた。

それに…、自分自身で繋がりの深さに気づいてしまったら、余計に、疑問がわいた。

『…なんで美咲はあんなことをしたんだろう
こんな気持ちを感じているのに、翔様といられなくなるようなことを…。』

『私も、美咲が全く理解できない…。』

『そうだよね……。』

『それでさっきの話だけど、お祖父ちゃんたちの家に行く?行くなら私も一緒に行こうと思っているんだけど、もう、藍蓮様にも話して許可もとっているし…。』

相変わらず、決断が美月は早いと感心した。

『お祖父ちゃんたちに、お母さんやお父さんたちのことや、お姉ちゃんが預けられた経緯や、その頃の私や美咲やお母さんたちのことを色々、聞いて自分のルーツを理解したい。

親に縛られないで、これから藍蓮様と新獣人社会で生きていくスタートラインに立つために、今、一番、必要なことだと思うから。』

美月の話を聞きながら、神蛇先生も、そんなことを言っていた。それは、今の私にとっても必要なことだとやっと思えた。

頭では、どこかわかっていたけど、どこか踏ん切りがつかなかったものが、急にスッと入った気がした。

『私も行く。自分と向き合ってみる。』

『何それ、変だよ。お姉ちゃんに来た話しじゃない。私がそれに乗っかったのに…。』

『えっ。でも、決断したのは、美月が先だから。何にも変じゃないよ。』

『じゃ、ケーキ食べたら、コクの散歩に一緒に行こっ。』

『うん。ドッグランだったっけ?』

『そうそう。歩いて行けるから、いい運動になるよ。』

『そうなんだ。楽しみ。でも、まず、ケーキだね。』

ケーキスタンドに乗ったケーキを見るのも、食べるのも初めてだったけど、美味しくて楽しい時間を過ごした。

美月が言った慣れもあながち間違いじゃない気がした。ちょっとスケールが大き過ぎるだけで…。

ドックランは、何処かが運営している施設だと思っていたら、柘榴様の敷地内にある施設だった。

『これって、コク専用のドッグラン?』

『そうみたい。なんか一々、見るもの全てにビックリするよね〜。』

お正月によく見かける首振り張子の置物並みに首を振ってしまった。

『紫紺様の家に行くまでに免疫ついていいんじゃない?』

ヒィエッ。大丈夫な気がやっぱりしない…、
慣れ、慣れって暫く唱えてそう。

コクは、美月がフリスビーを投げるのを尻尾をぶんぶん振りながら待ち、フリスビーを追いかけて伸び伸び走り回ってた。

外でゆったりした時間を過ごしたのは、入院した日、櫻葉さんと病院の庭を散歩して以来、だった。

外で過ごすのは、気持ちが良かった。