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微睡(まどろみ)から目を覚ましたら、
紫紺様が、顔を近づけて頬を撫でていて、
ガバっと飛び起きて、後ろに退いた。

こんな綺麗な顔が愛しげな目をして、目が覚めた時に、目の前にあったら、心臓に悪過ぎる…、真っ赤になりながらそんなことを思っていた…。

『目を覚ました途端に、そんなに慌てて動いたら、危ないぞ。』

えっ‼︎紫紺様のせいだとわかっていないのか?
と思ってジッと見ていたら、意地悪そうに笑った。

ワザとだとわかって、

『もう‼︎』
って怒ったら嬉しそうに笑って、

『忍葉は、何をしても可愛いな。』
とまたもや真顔で言った。

私は、もうどうしたらいいのか分からなくなってしまった…。

花姫に会ったばかりの花王子はちょっと頭のネジがおかしくなるって、神蛇先生が言ってたけど、これってちょっとなの?

『忍葉、そろそろ戻っておいで。話がある。』

『話し…?』

『ああ、だからもう少し近くにおいで。』

話すためだけじゃない気しかしない…、
と思いながら、恐る恐るベッドの真ん中まで戻った。

紫紺様の目が笑っていたけど、
ここで怒って、もう一度、

『忍葉は、何をしても可愛いな。』
と言われたら、
フリーズしたまま、暫く再起不能になる気がして、気づかないフリをして、

『話って何?』
と聞いた。

『三枝夫妻と忍葉の父方の祖父母が見舞いに来る。旅館の料理長が、張り切って弁当を作ったから、楽しみにしてて。昼過ぎに着くから。と祖母に伝言を頼まれた。』

『えっ?ちょっと待って…、お祖母ちゃんに伝言を頼まれたって…、紫紺様は、私のお祖父ちゃんたちを知ってるの?』

『ああ。忍葉に初めて会った日に、祖父母に、次の日は、三枝夫妻に会いに行った。』

あぅ…、キャパを超えることが次々やって来る。

『えっと、紫紺様は、なんでお祖父ちゃんや紗代ちゃんたちに会いに行ったの?』

『藍蓮と道忠と一緒に、神蛇に忍葉の花紋が現れることへの心理的な抵抗について聞きに行った。それは、話したよな。』

『うん、確かそう言ってた。』

『幼い頃の記憶が鍵になるだろうから、幼い頃の忍葉やその頃の家庭の事情を知る人と、忍葉が話をするのは、解決の何かの糸口になるかもしれないし、

両親の愛情を感じて来れなかった忍葉にとって、幼い頃、愛情を注いでくれた人達との関わりは、心に良い影響を与えるだろうと、助言をされたからな。

それで、協力して貰うよう頼みに行って来た。』

『……私、その時、花姫になる気も、心理的な抵抗と向き合う気も無かったよ。
無駄になったかも知れないじゃない。』

『無駄になっても何もしないよりずっといいだろう。

神蛇が、忍葉の今の希望は、親に脅かされないで、寮に入って、学校に通うことだと言っていたんだけど、

「それは最もなことなんだ。」

って説明してくれたよ。

「親や誰かに脅かされることなく、
安全に住んで暮らせる場所と、
忍葉は、まだ子どもだから。
学校に通うという未来を考えられる状況に立っていることは、心の土台、大地だ。」

それがないのに、
他のことなんか考えられたりしない。

心理的な抵抗と向き合うというのは、心の戦いだから余計にだ。って。

親に脅かされない環境が持てれば、
人間っていうのは、自然に自分の問題を解決してより良く伸びていこうとするものだから、自分から、心理的な抵抗と向き合うと言い出すはずだと。

だから、道忠には、寮の話を進めて貰っていた。』

『全ては計画通りだったんだ…。』

『嫌か?』

『…嫌じゃないことに困っている…。』

『そうか…。
計画通りには行かなかったな。忍葉に怪我をさせて、凄く傷つけた。』

『紫紺様が悪いわけじゃない。私が家に帰るって言ったんだし…。あんなことを美咲がするなんて思わなかったから…。』

『寮に住むまでの間、無理にでも、何処かに泊まらせたら良かった…。そしたらあんな目に遭わせずに済んだ。』

『あの時、道忠さんにそんなことをされていたら、絶望したと思う。
もう、何一つ、自分の思いで動けないんだって。

親からすら逃げられない私が、黄竜門家を相手に、逃げられるわけないもの。

それに絶対に、2度と紫紺様を見たい。
とは思わなかった。

だって、道忠さんは、紫紺様の指示で動いていたんでしょ。』

『そうか…、神蛇先生に相談して、俺は命拾いしたんだな…。

「とにかく、忍葉の意志を尊重すること。
特に、寮に入るまでの間を、忍葉の意志を曲げさせて無理矢理何処かに泊めたりしちゃいけないよ。危険でもだ。
信頼して貰えなくなったら終わりだよ。」

って念を押して言われた。

だから、忍葉の意志を最優先にするよう道忠に指示した。そうじゃなければ、あの家に忍葉を1秒も置いておきたくはなかった。』

『…神蛇先生は凄い…ね。
私、寮の見学をした夜、心理的な抵抗と向き合ってみようかなって考えていた。
先が見えてきて少し心が軽くなったから。
それまで全く考えもしなかったのに…。』

『忍葉。忍葉を寮には、もう入れてあげられない。』

『えっ‼︎…、あっ、……私が紫紺様の花姫だから。』

今まで考えが及ばなかったけど、言われてみればそうだ……あー、どうしよう、次から次へと問題が押し寄せてくる……。

『ああ、もう俺に恐怖を感じて近くに居られなかった時とは違うからだ。』

『それって……、

『俺のところか、黄竜門の本家か2択だけだ。』

『…どうしよう……考えられない…。
…ごめんなさい。』

『謝ることはない。決められるまで、忍葉の祖父母の家に行かないか?』

『えっ?どうゆうこと?』

『祖父母には、もう話してお願いしてある。向こうは、忍葉が望むなら構わないと言っている。
三枝夫妻の家でも、いい。ご夫婦は構わないと言っているからな…。

花紋が現れることに気を失うような強い心理的な抵抗が起きたのは、花姫になることに忍葉が強い抵抗を持っているからだって、

具体的に言えば、
無条件に他者に関心を持たれたり、
愛情や優しさを与えられたり、
何かをしてもらうことへの抵抗なんだ。
って神蛇が言っていた。

抵抗が前より強くなくなったと言っても、誰かに、ただ、世話になることを、まだ、受け入れられないだろう?

祖父母の家は、旅館をしているから、忍葉の力になってくれる人間は沢山いる。

それに、家事や旅館を手伝うこともできる。

ただ、世話になるより、今の忍葉には、受け入れやすいんじゃないか?

そこで、忍葉自身や家族や今までのことをゆっくり整理して、これから先どうしていくかを考えたらいい。

暫く祖父母の家に行くことを考えてくれないか?』

『でも…、警備上、直ぐにでも中央区管内に越して欲しいって…、お祖父ちゃんの家は、今まで住んでいた家より、中央区管内からは、遠いよ。』

『忍葉が暮らすと決まれば、警備は俺が手配する。忍葉を傷つける者を近寄せたりしない。花王子の俺がいいと言っているんだから、花姫会だって他の者も、何も、言ったりしない。』

それはきっとその通りだろう…

『わかった考える。』