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朝、9時を回った頃、花姫会の千景から、浅井家に電話が来た。

母親の晶子は、電話の主が千景だとわかると、

『千景さん。あ〜、良かった。美咲が、
朝早く迎えに来ると言っていた翔君がまだ、来ないので、不安になったみたいで…、
まだ、早いからもうすぐ来るわよと話してたんですが、電話もでないって…心配して…、
どうなりましたか?早く、知らせて安心させたいのですが…。』

『白虎の当主 琥珀様が、昨日の件の事実が確認できるまで、翔様には、美咲様とは、連絡を取らないように仰ったそうですから。』

『それじゃ、これから迎えに来るんですね。良かったわ。』

『いえ。翔様は、いらっしゃいませんし、連絡は取れないかと…。』

『えっ?どういうことですか?』

『お電話では、伝えられませんので、お話に伺いたいのですが、お父様は、いらっしゃいますか?
ご両親と美咲様が揃っているところでお話しをしたいのですが…。』

『主人…、すぐ呼びますので、来て下さい。』

『では、ご主人が家に戻る頃を連絡下さい。
それに合わせて伺いますので。
それでは失礼致します。』

そう言うと、電話はプツッと切れた。

全て思い通りになったと思い込んでいた晶子は、千景の言葉が理解できぬまま、父親に連絡を取った。

妻から連絡を受けた父親の清孝も、何がなんだかわからないまま、慌てて家に向かった。

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浅井家に花姫会の千景と龍咲、紫紺の秘書 道忠がやって来た。

美咲が、玄関に走って来て、

『翔の電話が繋がらなくなった。もう事実はわかったんでしょ。どういうこと?』
といきなり訴えた。

遅れて両親が玄関に来た。

父親が、晶子に、

『美咲を落ち着かせろ。』
と言うと、

千景たちを客間に通し、
『何があったんですか?』
と聞いた。

全員が座るのを見届けると、千景が口を開いた。

『千虎家は、美咲様を、花姫として迎え入れないと決断されました。』

『どういうことだ‼︎昨日、翔君は、明日、朝、迎えに来るって言ってたぞ。』

『えっ?なんで。花姫に酷いことをしたお姉ちゃんじゃなくて、私が…。』

『そうですよ‼︎どうして急に、千虎家の方がそんなことを言い出すの?』

『昨日の夜、忍葉様が、美咲様がプレゼントした服を破って、襲いかかってきたというのは、美咲様の嘘で、本当は、そういったことは何も無かったと事情を聞いた警察の方、花姫会ともに結論を出しました。』

美咲の嘘を鵜呑みにしていた父親は、驚いて、
『本当か?千景さんが言っていることは、本当か?美咲。』
と詰め寄るように訊いた。

『何言ってるの?私がそんなことするわけないでしょ。お父さん。』

『私が、そうだって言っているのに、何で信じないの…?私が嘘をついているだなんて…、

と言って口籠った美咲が

『あっ‼︎お姉ちゃんでしょ。お姉ちゃんがあることないこと言ってるんでしょ‼︎』

『忍葉様は、貴方のように嘘は、仰っていませんよ。』

急に辛辣な言葉を掛けられて、美咲は、声の方を向いた。

この見慣れない男、そう言えば、この間も居た。誰だろうと思いながら、

『花紋もでない欠陥品のお姉ちゃんの言うことなんか信じて、私が嘘を言ってるみたいに言って‼︎翔に言ったら怒るわよ‼︎
翔は私のことを凄く大事に思っているんだから。翔と話させてよ。電話が通じないからこんなことに…』

『翔様も、美咲様の嘘をもうご存知です。』

『えっ‼︎そんなはずない‼︎お母さんだって、お父さんだって、翔も、みんなあの場に居て見てる。どっちが嘘をついてるなんて明らかじゃない。何を言ってるのよ。』

『忍葉様が、美咲様がプレゼントした服を破って、襲いかかってきた所を見た人は、誰もいませんよ。』

『…えっ!そんなこと関係ないでしょ。その後すぐみんな来たんだから。

プレゼントした服がビリビリになって、
私だって掴みかかられて袖が破れていたんだよ。お姉ちゃんがしたに決まっているじゃない。』

道忠は、はあ〜と深い溜息を吐くと、

『警官が昨日、美咲さんが着ていた服と破かれた服、ハサミを持ち帰り、指紋を調べてます。2つの服からは、美咲さんと母親と第三者の指紋しか出なかったそうです。
ハサミは、美咲さんの指紋のみです。

触っていないものを触っていないハサミでどうやって切るんですか?』

『…そんなの何かの間違いよ…なんで…

思い掛けないことにショックを受けて、黙ってやり取りを聞いていた父親が
『もう辞めておけ。』
と口を挟んだ。

『美咲がやったことだとして、花姫として迎えないなんて千虎家は、ちょっと厳し過ぎるんじゃないですか?

花姫と花王子は繋がりが深いんです。千虎家のご両親だってこんなことで2人を引き裂くなんて本意じゃないはずよ。

美咲は、中央区管内に住む話しが無くなってショックを受けて思い詰めて…それでしてしまっただけです。

もうこんなことを美咲もしないと思いますから、翔君と話しをさせてやって下さい。』

『そうよ。私を千虎家に迎え入れないなんて、翔が許すはずないんだから、翔と話させてよ。』

『美咲様は姉の忍葉様のことを、神獣人社会から、花姫として認められなくするために、今回のことを起こしていますよね。

単に花姫に害をなすより悪質だと、
新獣人一族を纏める麒麟の当主 黄竜門 悠然様が、神獣人の総意として、
浅井 美咲を花姫とは、認めない。
と命を出されました。

『千虎家は、今後、美咲様を花姫として迎えることはない。と申しておりました。』

今後、決定が覆ることはございません。』

3人の息を飲む声が聞こえたが、千景は気に留めず、話し続けた。

『それから、忍葉様が、黄竜門 紫紺様の花姫だとわかりました。』

『えっ?花紋が現れたの?』

『まだでございますが、医師の所見では、近い内に現れるそうです。
紫紺様が花紋が現れていなくても、紫紺様の花姫で間違いないと仰られたことを受け、

黄竜門家当主が、忍葉様を、黄竜門家の花姫と認められました。』

『黄竜門家って、さっき言った、
新獣人一族を纏める麒麟の当主の黄竜門 悠然様と関係があるのか?』

『はい。忍葉様の花王子 紫紺様は、黄竜門 悠然様の御子息ですから、
黄竜門家の次期当主でございます。』

一瞬、父親の顔に喜色が浮かんだ。

『お姉ちゃんが、麒麟の次期当主の花姫なんて…、あるわけない‼︎
皆んなお姉ちゃんに騙されているのよ‼︎
翔に会わせてよ。誤解を解かなくちゃ。
このままじゃ…』

『忍葉が花姫のはずありませんよ。花紋が現れることへの心理的抵抗なんてあるわけないんだから。花紋が出ていないのがその証拠よ。もう一度、ちゃんと調べて‼︎』

『黄竜門家当主が、忍葉様を、黄竜門家の花姫と認めた以上そのようなことをする理由はございません。』

とキッパリ言い切ると、

『お話を続けさせて頂いて宜しいでしょうか?』
と千景が言った。

『まだ、何かあるのか?』

『はい。今回の美咲様が起こしになった件を受けて、
忍葉様、美月様の花王子の紫紺様と藍蓮様より、今後についてお話があるそうですが、

花姫会は、花王子家と花姫家を繋げる役割をしています。

忍葉様と美月様は、其々の花王子家に花姫として受け入れられ、美咲様の花姫のお話はなくなりました。
花姫会の役割は終わりましたので、

今後の両家との話は、
こちらの弁護士の高桜(たかさくら) 道忠が担当されるそうです。
私の話は以上です。

花姫と花王子家に受け入れられた後の花王子家と花姫家の両家の関わりに花姫会は、関われませんので、
私は、これで失礼させて頂きます。』

そういうと、千景は、浅井家の面々が呆然としている間に、席を立って客間を後にした。

呆然としている3人に向かって、道忠は、

『まず、ご紹介させて頂きます。
弁護士兼黄竜門 紫紺の秘書をしております。
高桜 道忠です。』

と言うと名刺を父親に渡した。

『早速、本題に入りますが、今回の件を受けて、

忍葉様、美月様は、今後、ご両親や美咲さんと関わらず生活していくことを望まれています。
お2人の希望を受け、紫紺様と藍蓮様より、

花姫である忍葉様、美月様に、
ご両親、妹の美咲さんが、
今後、会うことがないように、
誓約書を書いて貰うよう頼まれました。』

『何を言っているの。家族の私たちと関わりたくないなんて、娘たちがそんなことを、言うわけがないわ。誓約書だなんて、書かないわよ。美月や忍葉に会えば、そんなことを言っていないってすぐわかるわ。』

『いいから黙って聞け。』

面倒になることを嫌がり妻、晶子の腰巾着のようだった夫、清孝が珍しく強く晶子を制すると、

『道忠さん話しの続きをお願いします。』
と言った。

黄竜門家と朱雀門家を敵に回したところで勝ち目はない。それなら、言うことを聞くことで、2人の花姫の見受け金を手切れ金代わりに貰えた方が得だし、今両家の機嫌を損ねなければ、こっちは2人の娘の親なんだから、これから先の付き合いができる可能性が出るかもしれない。
損得勘定しか頭にない清孝は、この後に及んでもそんなことを考えていた。

道忠の話が終わると、
思った通り両家とも幾らかのお金を用意するつもりであることがわかった父親は、忍葉と美月に、今後、会わないという内容の用意された誓約書にサインをすると、納得していない母親と美咲にも、サインをさせた。

道忠が帰っていくと、
『妻の晶子と美咲に、関わるなら、お前たちがしたことを裁判で争うことも考えると言ってただろう。
証拠だってある勝ち目なんかないんだから、
もう忍葉や美月に関わるなよ。』

そう言うと仕事へと戻って行った。