『忍葉。花姫会からの電話の内容を皆んなに話すから、コーヒー二つと、アイスミルクティーと、…美月は、アイスティーでいいわね。淹れて居間に持って来て頂戴。』

そう言い終えると、とお母さんは、今度は、美月の部屋をノックした。


♢♢♢♢♢

美咲に、番の花紋が現れた。

土曜だった今日。
美咲は、神獣人たちが多く住むと言われている中央区官内にある新しくできたばかりのケーキ店に友達と行った。

そこで、花王子に出逢い、花紋が現れたと、美咲は、帰って来るなり、興奮して話した。

ほんの1週間ほど前、
家族が花姫のTVを観てた日、
自分には、関係ない遠い世界だと思っていた世界がいきなり、

忍葉の目の前に、
花姫の姉妹、家族という形で現れたのだ。

その日から、嵐のような一週間が始まることになるとはこの時は思いもしなかった。

♢♢♢♢♢

丁度、夕飯の支度をしている頃、
美咲は、頬を紅潮させて、家に帰って来た。

リビングに入るなり、
『花姫になったの‼︎ホラ、花紋。』
と美咲は、手の甲を自慢げにかざした。

その言葉を聞いて、居間でテレビを見ていたお父さんと、夕飯の支度をしていたお母さんは、美咲の元に駆け寄った。

『本当だ。花紋がある。桃?』

『嫌、梅じゃないか?』

『ふふふっ。杏子よ。私も、桃かと思ったけど、翔、あっ、翔が私の花王子ね。翔が杏子だって教えてくれたの。』

『花王子は翔君って言うの?』

『苗字はなんだ?なに翔って言うんだ?』

『お母さんも、お父さんも、慌てないで座って話そうよ。話すこと色々あるんだ。』

『あっ、そうね。美月も呼んだ方がいい?』

『うん。その方がいいよ。』

『じゃ、忍葉、美月呼んで来て。それから、夕飯の支度、後、頼んだわよ。』

『嫌、いい。美月は、俺が呼ぶ。』

そう言うと、お父さんは、階段の下から、
『美月。話しがあるから、下りて来い‼︎』
と大きな声で言った。

暫くして、美月の声が聞こえて来た。
『話って何?』

『大事な話だ。早く下りて来い。』

『……わかった。』

美月がそう答えると、お父さんは、満足そうにリビングに戻って来た。

『もうすぐ、夕飯だから、ダイニングテーブルで話しましょうか?』
と言って、お母さんは座ると、

キッチンの方を向いて、
『忍葉。夕飯の支度ができても声を掛けるまで運ばないでよ。後、声を掛けるまで、貴方はそこで、待ってなさいね。』
と言い、皆の方に向き直った。

美月も、丁度、階段を下りてリビングに入ってきた。

『大事な話って何?』

『ふふふっ。私、花姫になったの。ホラ。』と手の甲を美月に見せびらかすように(かざ)す。

『なんだ、そんなこと。』

『そんなことじゃないでしょ‼︎』

『二人とも喧嘩しないの。ホラ、美月も座りなさい。ね。』

美月が座ると早速、お母さんが、
『それで、相手の方はどんな方なの?』
と聞いた。

忍葉は、いつも家族の大事な話の蚊帳の外だ。忍葉をおいて家族の話が始まった。

『花王子は、千虎 翔(ちとら かける)っていって白虎族なの。』

『千虎って、あの千虎カンパニーの?』

『千虎って言ったら、海外の要人が来日する時に利用することで有名な高級ホテルの経営者じゃないか?』

『そうなの?お祖父様が千虎カンパニーの会長をしてるって言ってたよ。』
と言う美咲の言葉を聞いた瞬間、

両親の目に喜色が浮かんだ。

美月の顔が嫌そうに歪んだ。

そんな家族の様子が目に入らないのか、美咲は嬉しそうに話しを続ける。

『翔はね、16才で、涼鈴(すみれ)学園高等部の2年生だって。』

『涼鈴学園っていったら、学費が高いことで有名な学校じゃないか‼︎』

『涼鈴学園は、教育の幅が広いことで有名なのよ。』

『それでね。翔が、これからのことを、色々、相談したいって。』

『えっとね。普通は…。
手の甲に番の花紋が現れてから、役所に届けて、それから、番の花紋をもつ花王子と花姫が会うのが普通の流れなんだって。』

『花紋が出たら役所に届けることになっているものね。』

『あー、そうだよな。でも、役所に届けてからのことは聞いたことないな。』

『番の花紋を持つ、花王子と花姫は、結びつきが強いから、私と翔みたいに偶然出逢って、互いに強く惹かれ合う影響で、花紋が現れることも、時々あるんだって〜。』

『私と(かける)も、凄く強く結ばれているんだよ。顔を見た瞬間、電撃が走ったみたいだったの〜。』

とキラキラした笑顔で嬉しそうに話した。


『はあ〜。自慢話なら私、別に聞かなくていいんじゃない。』

『双子なのに、私だけ、花紋が出たから面白くないんでしょ。美月。』

そう言って、美咲は勝ち誇ったような笑顔を美月に向ける。

その顔に挑発されたのか?

『別にそんなことないわよ。花姫なんて面倒なのなりたくないわ。浮かれちゃってバカみたい。』

というと立ち上がった。

『また、喧嘩しないの。ホラ、美月、座って。美月には、話を聞いて貰わなきゃ。
美月にだってもうすぐ花紋が現れるはずだから。双子ですもの。』

『そうだな。美咲と美月は、双子だからな。
出てもおかしくないな。』

『なんでも双子だからって言うの辞めてよ‼︎
双子かどうかなんて関係あるわけないでしょ‼︎それに私は、花姫なんかになりたくないって言ってるでしょ‼︎』

『どうしたんだ美月は。小さい頃は、美咲と一緒に、花姫になるって言ってたのに。』

『美月は、美咲より一足先に思春期になったんですよ。思春期はちょっとしたことで、イライラして、思ってもいないことを言って怒ったりするんですよ。お父さん。』

『なんだ。そうか。』

『美月。思春期だから、多少のことは、大目に見るけど、今は、ダメよ。大事な話をしているんだから、座りなさい。』

『そうだぞ。美月。』

何を言っても無駄だと諦めたのか、ムスッとしながらも、美月が座った。

やり取りを聞きながら、お母さんは、これから、受け入れられないことは、全部、思春期のせいにして済ますんだろうなと思った。

自分の思うように事が運ぶのが嬉しいのか?美咲は、ニヤニヤした笑みを浮かべている。

『そんなに不貞腐れなくてもいいじゃない、美月。美月は、私と双子なんだから、花紋、本当に出るかもしれないじゃない。
欠陥品のお姉ちゃんと違って。』

そう言うと、美咲は、私の方を、見下した目でチラッと見た。

『そしたら、色々、聞いて置かないと困るわよ。』

『そうよ。美咲の言う通りよ。美月。
じゃ、美咲、話の続きをして頂戴。』

『美月が、やきもち焼いて、口を挟むから何処まで話したか?忘れちゃったじゃない。』

『物忘れが激しいだけでしょ‼︎
ヤキモチなんか妬いてないから‼︎』

『いい加減にしなさい。美月‼︎』

『そうだぞ。美月。』

美咲は、またも、嬉しそうに笑ってる。

『手の甲に番の花紋が現れてから、役所に届けて、それから、番の花紋をもつ花王子と花姫が会うのが普通の流れって話だったぞ。』

『そうそう。それ。
役所に届けると、花姫会って所に連絡が行って、花姫会から、花姫と同じ番の花紋を持つ花王子の元に連絡が行くんだって。』

『花姫会は、花姫と花王子を繋ぐ役割をしている所なんだって。
私と翔みたいにお互い出会ってから、花紋が出た場合も、花姫会を通さないといけないんだって。』

『家に帰ったら、すぐ、花姫会に連絡をするから、お家の方に、花姫会から連絡が入ることを伝えて。って翔が言ってたの。』

『花姫会ってところから、連絡が来るのね。
わかったわ。美咲。』

『貴方、花姫会って聞いたことある?』

『聞いたことないな。花紋が出たら役所に届けるってこと以外、花姫になる具体的なことは、誰も知らないよなー。』

『そうなんですよね。』

『とりあえず、そろそろ夕飯にしましょうか。忍葉、配膳し始めて頂戴。』
と言って立ち上がった。

『え〜‼︎お母さん、まだ、すっごく大事な話があるんだよー。』

『それは、夕飯を食べながら聞くわね。』

『駄目。これだけは駄目。ねっ、お母さん、後1つだけだから、今、話させて。ねっ、お願い。』

『仕方ないわね。何?』

『ヤッター。ありがとうお母さん。
あのね。花姫になったら、色々、危険だから、出来るだけ早く、中央区管内に越さないと駄目なんだって。』

『そう言えば、花姫になると、すぐ花王子の家に入るって、聞くよな。』

『中央区管内って、東京都に住む神獣人が多く居住してるって区域でしょ。
昔、花姫様の家族を住ませていたっていう地域も、確か、中央区管内でしたよね。』

『ああ、そうだぞ。』

『花姫は、誘拐とか狙われることも、多いらしいの。だから、花紋が現れて花姫になるとすぐ、相手の花王子の家に入るみたい。』

『昔は、家族とか、親戚まで、一緒に、中央区管内に越して来たけど、
今は、其々、仕事とか、家とかあって、
花姫だけが、花王子の家に入ることが多いらしいんだけど…。

私、まだ、高校生でしょ。翔は、好きだけど、翔の家族といきなり暮らせ。って言われても…考えられなくて…。』

『それはそうよね。貴方は、お母さんっ子ですもの。心細いわよね。』

『でも、翔は、心配だから、一刻も早く、一緒に暮らしたい。花姫が、16になってたら、花王子の家に入るのが当たり前だって言って…。』

『まあ、花姫は、昔からそうだって言うよな。』

『いつの時代の話なのよ。』

『翔に、私は、大学を出るまでは、絶対に、お母さんとお父さんと一緒に暮らしたい。って必死にお願いしたら、

今の場所で家族と住むのは絶対に駄目だけど、警備がしやすいから、中央区管内に家族で越すならいい。
って。

家族皆で越してくるなら、千虎家で住む家は用意するし、お金の心配は要らないから、
親の仕事とか、都合があるだろうから、聞いてみてって。』

『そういう話か…。中央区管内に越すとなると仕事がな…。』

『大丈夫じゃないですか。中央区管内の近くにも、お父さんの会社があるから、弟に言えば、移動させて貰えるんじゃないかしら?』

『あー。そうだな。移動できるなら、別に俺はいいぞ。』

『私も、まだ、高校生の美咲を、いくら花姫になったからって、千虎家に今、入れるのは、寂し過ぎるわ。一緒に住めるなら、その方がいいわ。』

『良かった〜。』

『何それ。今日会ったばかりの人が好きって言って、中央区管内に家族で越すとか、
相手の家に入るっておかしいでしょ‼︎』

『花王子と花姫は、それだけ結び付きが強いのよ。』

『そうよ。翔が離れるのを嫌がって、翔と別れて家に帰るの大変だったんだから。』

『知らないわよ、そんなこと。』

『私は、絶対、引っ越すなんて嫌‼︎
だいたい半年前に、引っ越したばっかりじゃない。絶対嫌。美咲一人で行きなよ。
お姉ちゃんだって嫌でしょ。』

『忍葉は、長女だからね。親の私たちの言うことを聞くわよ。』

『……何それ…。』

『お姉ちゃんは、私が花姫になったお陰で、中央区管内に少しの間だけでも住めるんだから、文句なんかあるわけないでしょ。
そうでもなきゃ、絶対、一生、住めないんだから。ね、お姉ちゃん。』

『それに美月だって、すぐ、花紋が現れるかもしれないじゃない。
中央区管内に越しておけば、
相手の花王子家に慌てて入らなくてもよくなるからいいじゃない。』

『確かにそうだな。』

『何言ってるの‼︎花紋なんて現れるわけないし、私は、花姫になんかなりたくないの‼︎』

『はいはい。もう、この話は、この辺にして置きましょう。まだ、千虎家の方とも、花姫会の方とも、話していないし、どうなるかわからないからね。
お父さん、もしもの為に、移動できるか?
だけ確認して置いてね。』

『あー。そうだな。』

『それならいいでしょ。美咲。』

『うん。ありがとう。お母さん。』

『じゃあ、今度こそ夕飯にしましょう。
美月も、配膳手伝って頂戴。
美咲はいいわ。
花姫様が家事なんかして世帯地味ちゃいけないからね。座って待ってなさい。』

『そうだな。花姫は、この上がないほど、大切にされるって言うからな。家事なんて、これからは手伝わせられないな。』

『なぁ、晶子。今日は、美咲の花姫のお祝いだから、ビールいいだろ?』

『そうね。私も、一杯、頂こうかしら。』

『いいね。一緒に、祝い酒だな。』

『忍葉、先に、ビールとグラス2つ出して。』

『ツマミも何か一緒に出してくれ。』

『待ってて。ベビーチーズと鯖缶があったから、今、出すわ。ホラ、座ってないで、美月も早く配膳手伝って。』

『はぁ〜。』
と大きな溜息を吐きながら、美月が立ち上がった。

美月の気持ちなど何も(おもんばか)ることもなく、

『そんな大きな溜息なんかついて。美月も、花紋がでれば手伝いなんかさせないゾ。
それまでの辛抱くらい出来るだろう。』
と父親は、調子のいいことを言っている。

美咲が、花紋が出る前もずっと、手伝いなどしたことなどないことに気づいてもいないのだろう。

私は、冷蔵庫から冷えたビールを出すと、
栓を抜いて、グラス2つと一緒に、キッチンカウンターに置いた。

ビールのラベルの麒麟が目に入った。
霊獣か…やっぱり私には、縁が無いと思った。

お母さんがツマミを用意して、カウンターに出した。

お父さんは、もう飲み始めたようで、
『やっぱり発泡酒より、ビールの方が旨いよな。』
と言っている。

お母さん、美月、私で、配膳を済ませ、
いつもより遅い夕飯を始めた。

夕飯が始まるとすぐ、

お母さんは、
『そうそう忍葉。これからは、夕飯、部屋に持っていかないで、一緒に食べなさいね。
放って置くと直ぐ、部屋で食べるんだから。みんなもわかったわね。』
と言った。

『お母さんがそうするように仕向けてる癖に。』
と美月が小さく呟く声が聞こえたけど、皆、聞こえないフリをしていた。

『これからは、忍葉には、色々、手伝って貰わないといけなくなるだろうからね。
話を聞いて置いて貰わないとね。
忍葉の見た目のせいで、小さな頃から、美咲も、美月も嫌な思いを沢山して来たんだから、その分、これからは、二人の役に立って貰わないとね。』

『……はい。』

『それじゃ、ご飯にしましょうね。』
とお母さんが言ってからの夕飯の席は、美咲の独壇場のようだった。

美咲は、ずっと嬉しそうにはしゃいで、
お母さんとお父さんは、嬉しそうに相槌を打っていた。

美月は、ムスッとしたまま、ご飯を口に放り込むように食べて、
『ご馳走様。』
というとサッサと部屋へ行ってしまった。

『何あれ〜。』

『急に美咲が花姫になって、美月も、今は一杯、一杯なのよ。
そのうちに、慣れるわよ。』

『ふ〜ん。』

♢♢♢♢♢

夕食後の片付けが終わる頃、
家の電話が鳴った。