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忍葉が、食事を済ませたころ、

翔は、白虎一族当主、城虎 琥珀(きとら こはく)の邸宅に到着した。

到着するとすぐ、翔は、城虎(きとら)邸の執事長に、
琥珀の執務室にある大きな机の前まで、連れて来られた。

『もういいよ。明成(あきなり)は、下がって。』

と言う琥珀の言葉を聞くと、明成は一礼し、部屋を出て行った。

『琥珀様、こんな時に、呼ぶなんて何の御用でしょうか?』

緊張と苛立ちを抑えながら翔が伺う。

琥珀は、しっかりと翔を見て、
『翔は、まんまと花姫に騙されたね。』
と言った。

怒りに顔を真っ赤にしながら、
『美咲が俺を騙すわけがない‼︎』
と強く主張した。

翔は、こんな馬鹿げた事を聞くために、あんなに傷ついて不安気な美咲から離れなきゃいけなかったのかと、憤りを感じた。

翔の様子を見て呆れた様子で、琥珀は話し始めた。

『花姫会に、翔から、君の花姫が、姉に襲われたと連絡が来たことを知った黄竜門(きりゅうもん)の当主から、直ぐ、僕に連絡が来たよ。』

『悠然様から何故、連絡が…?』

『翔の花姫、美咲を襲ったという姉の忍葉は、悠然の息子の花姫だそうだ。』

『えっ。まさか…そんな。花紋が出ていなかったはず…どうして、美咲の姉が花姫だとわかるんだ。』

『詳しい事情は、知らないが、あの目と髪の色だ。

翔の花姫の姉がかなり霊力が高い花王子の花姫のはずだ。

紫紺君の花姫の可能性があることくらい翔だってわかっていただろう?』

『それは…。』

『とにかく、翔の花姫の姉が、紫紺君の花姫であることは、間違いないそうだ。 』

『…そうですか。それはわかりました。それで、悠然様は、琥珀様に何を言ったんですか?』

『「忍葉が、美咲を襲ったと言って、千虎の坊ちゃんが、忍葉を花姫にしておけない。
って騒いでるそうだね。

それなら、断罪出来るように、きっちり調べた方がいいと思って、警察を呼んで、花姫会と一緒に行かせたよ。

外に、騒ぎが知られないように、内々で処理するようには言ったけどね。

今、君に連絡したんだから、しっかり対処してね。
後、翔に見せたいものを贈るから、見せてあげて。君も届いたら、すぐ、目を通した方がいいと思うよ。」
と言って来たよ。』
と笑った。

『えっ?悠然様が、警察を呼んで、花姫を断罪していいっておっしゃったんですか?』

美咲が、お姉ちゃんがこのまま、花姫だと何をされるか恐いって震えて訴えるから、警察が来たのを見た時は、良かったと思ったけど、まさか、悠然様が呼んでいたとは思わなかった。

自分の一族、それも、自分の息子の花姫を、わざわざ、窮地に立たせることをするなんて何を考えているんだ悠然様は…。

理解できなさに翔は、困惑しながら、

『悠然様の見せたいものって何ですか?』
と琥珀に訊いた。

琥珀は、翔の質問が耳に入っていないかのように、全く別の話を始めた。

『忍葉は、時々、体調を崩すらしいね。花姫会館に、最初に、花姫の確認をする筈だった日も、体調を崩して予定がキャンセルになったそうだね。』

何を言いたいんだと苛立ちと少しの不安を感じながら、

『は、はい。』
と返事をする。

『ずっと姉の体調不良を不審に思っていた次女の美月が、忍葉が祈祷中に気を失った日、
忍葉が、飲まないように、
母親が忍葉に渡した水筒を自分のものと、すり替えたそうだ。

その日、花姫になった美月は、病院で、藍蓮にそのことを話し、それを聞いた藍蓮が、美月から預かった水筒を、神蛇に渡して調べて貰ったそうだ。』

『結果が、これだ。』
そう言って、琥珀が、紙を渡した。

成分分析結果のコピーだった。

目を通すと、催吐剤の商品名と混入料が記載されていた。

姉の忍葉に会ったことが無かったが、母親が姉の忍葉のことを話す様子から、
美咲に対するのとは、随分、愛情の差があると感じでいたけど、そこまで自分の娘にするとは、思っていなかった翔は、驚いた。

『だからって、母親がしたことと、美咲に何の関係があるんですか?』

『母親と美咲は、一緒に、かなり忍葉を虐げていたようだね。
父親は、それを黙殺していた。
藍蓮君の花姫、美月は、母親と妹と、忍葉の間に挟まれて苦しんでいたようだ。』

『美咲は、無邪気過ぎて、人に対して、馴れ馴れしく、分別がきちんと出来ていないところはありますが、母親と一緒に、姉を虐げるようなことはしていません。

姉の忍葉に過剰な心配をする母親を、心配して、味方になっていただけだ。』

『翔は、花姫が全く見えていない様だな。』

『そんな筈は…。』

苛立ちにギリっと唇を噛む。

『母親がここまでのことをするなら、その母親と一緒になって忍葉を虐げていた美咲も、
自分の襲撃の自作自演くらいするだろう。
と僕は、成分分析結果と一緒に、悠然から送られてきたものを見て、思ったよ。』

琥珀様の言葉を聞いて怒りに震えた。

『何を言っているんですか?琥珀様。
美咲は、被害者ですよ。

これ以上、美咲を恐がらせないために、姉の忍葉を、花姫にしておけないと花姫会に強く訴えなければと危機を感じるくらい姉のしたことに怯えて震えて泣いてました。』

『だから、君は、まんまと花姫に騙されたと言っているんだよ。』

その言葉に、翔は驚愕した。

次の瞬間には、表情から怒りが消え、代わりに困惑の表情を浮かべながら、

『えっ?どういうことですか?』
と呟くように言った。

『悠然は、美咲の魂胆がわかったから、乗ったんだよ。そんなに花姫を断罪したいなら、どうぞ。って。』

『………』

『まだ、わからないかい?悠然が送ってきたものだ。』
そう言って、翔の近くにパンッと音を立てて置いた。

それは、浅井家の調査報告書だった。

『こんなに調べてあるんですか…。』

『悠然が、わざわざ知らせてくれたんだ。

麒麟の次期当主の花姫、忍葉を貶めようと
花姫会や警察に、嘘を話すだろう花姫の隣に、翔を置いては置けないからね。ここに来て貰ったんだよ。』

翔は、歯を喰いしばり、手を握り締めて立っていた。

『そこに座って、これを読むんだな。

忍葉の負担が大きいから、警察の聴取は明日の朝するそうだが、
大まかな事情を忍葉から聞いた神蛇から、玄白が報告を受けたそうだから、後で聞くんだな。それが済んだら、今日は、帰れ。

明日、警察の聴取が終わったら、千虎家に行かせるから徴取の報告を直接、受けろ。

それから、わかっていると思うが、浅井家には行くな。

隣の部屋に、玄白がいるから、読んだら声を掛けろ。

じゃ、私は失礼する。』

そう言って、琥珀は部屋を後にした。