『皆んな、出て行っちゃった。』

『ああ、寂しいか?』

『ちょっと…でも、平気。なんだか、心が温かい…。

紫紺様、あの…この間は、帰してしまって…ごめんなさい。私、恐くて…』

『そんなことは、いいんだ。会えて嬉しかったから…

『えっ…‼︎』
あんな状況で、会えた喜びの方を見てくれるのかと驚いていると、

『そんなことより、もう俺が恐くはないか…?』

『あっ、うん。自分でも、嘘みたいで信じられないけど…あの泣いた時、心を堰き止めていた塊みたいな何かが壊れてごろごろと流れていったみたいな…、
なんだったんだろう…、アレ?

足元が崩れるみたいなあの恐怖を、今は感じない…、ただ、凄く緊張し…て…えっ‼︎

急に、ガバッと力強く抱きしめられ、驚いて忍葉は話すことも忘れて固まった。

紫紺は、自分の中に忍葉をすっぽりと収めてしまうと、愛おしそうにゆっくり頭を撫でて、名残り惜しそうに体を離した。

長い間、家族以外の人と深く関わることのなかった忍葉に男の人への免疫などあるはずもなく、紫紺の身体が離れた後も、
何が起きたか掴めぬまま、
紫紺をボーと見つめていた。

そんな忍葉の様子を見ていた紫紺が、柔らかい愛しげな笑みを浮かべて、
忍葉の頬を撫で、

『忍葉は、可愛いな。』
と呟いた。

その言葉が耳に入った忍葉は、急に、真っ赤になって、反射的に、紫紺から身を引いた。

どっ、どうしよう、恐くは無くなったけど、
どうしていいかわからない…、

私、このまま紫紺様の花姫になって大丈夫なのかな…

ノックの音がして、
『櫻葉です。入って宜しいでしょうか?』


『いいか?忍葉?』

『うん。』

『入れ。』

『失礼します。忍葉様の食事をお持ちするように、道忠様に頼まれました。
今、召し上がりますか?』

答えに迷っていると、
『遠慮せずに、食べろ、忍葉。俺は用があるから、その間、少し出ているから。』

『うん。わかった。食べたいです。』

『そうですか?じゃあ、
ベッドに、テーブルをセットしますね。』

『はい。お願いします。』

櫻葉さんが、テキパキと私が食事が出来るように準備をしていくのをぼんやり見ているうちに、

『忍葉様、どうぞお召し上がり下さい。
私は、お茶を淹れてきますね。』
と、病室の奥へと入って行った。

『俺も、少し出る。いい子にしてるんだよ。』

そう言って、忍葉の頭をポンポンと優しく叩くと、病室を出て行った。