『忍葉君、君が目を覚ます迄に、僕が狛犬と三枝夫妻から聞いたことを話すね。』

そう言うと、神蛇は、再び話し始めた。

『この狛犬は、忍葉君の父方の祖父母の家の近くの松山神社の狛犬で、

忍葉君の祖父母は、まつのやという旅館をしていて、三枝夫妻の奥さん、紗代子さんは、
昔、その旅館で働いていたそうだ。

そしてね、忍葉君、君は、幼い頃、その祖父母の家に預けられていて、
紗代子さんは、忍葉君の子守りをしていたそうだよ。

紗代子さんは、小さい忍葉君を連れて、狛犬のポチに会いに松山神社によく行ったそうだ。』

黙って聞いていた忍葉の表情が変わった。

『神社…ポチ…女の人…、紗代子…』

頭の中に、女の人と手を繋いで歩く映像が流れて来た。

ポ…と言って駆けていく先に、狛犬がいて、
狛犬が来たか童。と言っている。

紗…ちゃん、ポチいるよ。クリックリの金色のおけけの、獅子みたいなお顔のワンちゃんだよ。紗代ちゃん、見えないの?…

『あっ、ポチ‼︎と紗代ちゃん‼︎』
忍葉が思い出したようにそう言うと、

狛犬ポチが、嬉しそうに
『思い出したか?』
と、身を乗り出して大きな顔で忍葉を覗き込む。

あ〜、この顔。ポチだ。

『思い出したみたい…』

そう言うと今度は、三枝夫妻をジッと見る。

『…紗代ちゃん?…と…和君?』

三枝夫妻が顔を見合わせた。

紗代子が恐る恐る口を開いた。

『忍葉ちゃん。思い出した?』

『うん。ボンヤリだけど…思い出したみたいです。』

気を失ったままの忍葉が心配で病室まで着いてきたことを、軽率だったと忍葉の様子を見て思っていた三枝夫妻は、ホッとして、胸を撫で下ろした。

『あ〜、良かったわ。思い出せたみたいで。忍葉ちゃんが大変な時に、混乱させちゃってごめんなさいね。』

『いえ。そんな…ビックリしただけだから…。』

『紗代子さん、ぬいぐるみを忍葉君に渡してあげて下さい。』

『あっ、そうだったわ。』

そう言って手に握りしめたままだったくまのぬいぐるみを忍葉に手渡す。

『どうしてこれを?』

『わしが花姫と一緒にあの家から持って来たんじゃ。大事な物だろう?』

『私の宝物だよ。ありがとう。ポチ。』

『宝物って…。貴方。そんなに大事にしててくれたなんて嬉しいわね。』

『えっ。紗代ちゃん。あっ、紗代ちゃんって呼んで言いですか?』

『もちろん、いいわよ。』

『沙夜ちゃん、このぬいぐるみ知ってるの?』

『えっ?』

今度は、三枝夫妻が戸惑った。

『そのぬいぐるみは、忍葉ちゃんが、預けられていた祖父母のお宅から、ご両親の元に帰る時に、

最後にって、私たち夫婦と3人で遊びに行った動物園で買った物なのよ。』

『えっ‼︎』

『小かったものそこまでは、覚えてないわよね。
忍葉ちゃん、水遊びする白くまが好きになったみたいで…お土産に何か一つ買って帰りましょうね。
って言ったら、これが良いって言ったのよ。』

また、頭の中に、映像が流れ出した。

大きなプールに飛び込む白熊、バシャ、バシャ飛び跳ねる水しぶき、きゃっきゃと笑う声、気持ち良さそうね。と言う紗代ちゃん、

これがいいの?忍葉ちゃん。熊が気に入ったね。と微笑んでる紗代ちゃんと和くん…

頭の中を次々、映像が流れていく。

『…まつのやのじーじとばーば…。』
小さな声で忍葉がそう呟いた。

急に様子が変わって、黙り込み、何か自分の世界に入った様に見える忍葉をどうしたのか?
と周りが心配そうに見守っていると、

忍葉が急に、弾けたようにワァ〜っと泣き出した。

突然のことに、周りに居た誰もが驚く中、
紗代子が、忍葉を抱き締め背中を優しく撫でた。

紗代子にされるがまま、抱きしめられ、背中を撫でられたまま、忍葉は、泣き続けた。

やがて涙は止まり、しゃくりあげるように嗚咽を繰り返して静かになった。