忍葉の話が途切れると、静まり返っていた病室に、
『酷いっ‼︎』
と美月の大きな声が響いた。

ずっと下を向いて話していた忍葉は、驚いて顔を上げ、美月の方を見た。

『美咲の自作自演じゃない‼︎何やってるのよ。美咲は‼︎バカだ、バカだと思ってたけど、本当にバカ‼︎』

怒りながら、涙を流している美月を見て、忍葉は、複雑な気持ちに襲われた。

信じて貰えないかも知れない。

という恐さがあったから、美月の言葉は、正直、嬉しかった。同時に、辛かった。

私だって、変わってくれたら、このまま、千虎家に入って、花姫になって幸せになってくれたらいいと思っていたんだから…、双子の美月は尚更だろう…そう思うと、声を掛けられずにいた。

その時、
『大丈夫?』
と聞きなれない声が聞こえた。

美月の横、藍蓮様とは反対側に、
見知らぬ女の人が居て、美月を気遣うように声を掛けていた。
その隣にも、見知らぬ男の人がいることにやっと気づいた忍葉は、一瞬、藍蓮様のご両親かと思った。

でもすぐどう見ても神獣人には、見えないと気づいて、

『あの〜。その人たちは、誰ですか?』
と神蛇先生に訊いた。

忍葉の言葉に少し驚いた表情を浮かべながら、
『忍葉君は、三枝夫妻を覚えていないの?』
と神蛇先生が聞いた。

『えっ?』

驚いた顔をする忍葉を見て、
『救急車を呼んでこの病院に搬送するよう言ってくれたのは、この三枝ご夫妻だよ。』

『えっ‼︎』

忍葉は、更に驚き困惑した表情を浮かべた。


三枝夫妻、狛犬のポチと今、忍葉が話したことを聞いて、
忍葉がぬいぐるみを握りしめて、それを買った三枝夫妻を思い浮かべ家に帰りたいと願ったんだろうと理解した神蛇は、

このタイミングで、忍葉をよく知ってそうな狛犬が花王子を呼びに行ったことから、花紋が現れないことと何か繋がりがあるかもしれない。
現に、目覚めた忍葉君には、変化が起きてる。

と慎重に話し出した。

『忍葉君、これから話すことはちょっと驚くことだと思うけど、落ち着いて聞いてくれるかい?』

何を言われるのだろうと不安になりながら、
『はい。』
と忍葉が答えた。

忍葉のそんな様子を気に留めながら、神蛇は口を開いた。

『忍葉君は、ぬいぐるみを握りしめて、家に帰りたいと思ったら、窓から大きな毛むくじゃらが入ってきて、背に乗せられたような気がしたって、話してくれたね。』

やっぱりそんなあり得ないこと信じて貰えないのかと思いながら、

『はい。』
と答える。

『実はね、家に帰りたいという忍葉君の思いを聞いた狛犬がね、忍葉君を迎えに行って、
そこの三枝夫妻の自宅へ連れて行ったんだよ。』

『えっ‼︎どういうこと?』

その時、忍葉の足元で何かが動く気配がして驚いて、見ると、
パンッと何かが飛び上がった。

そして、神蛇先生の隣にトンっと音を立て降りた。

驚きつつ、なんだろうと目を凝らして見ている忍葉の前にみるみる大きくなった何かが姿を現した。

現れたのは、長いクリクリのくせっ毛に覆われた獅子のような顔の大きな狛犬だった。

『あっ、窓から入って来た大きくて毛むくじゃらの…』

『忍葉君の父親のご両親の家の近くの神社の狛犬様だよ。』

『お父さんの両親?何でそんな所の狛犬が…』

忍葉は、父方にも祖父母がいることは、知っていたが、会ったことは無かった。
どういうことかわからない忍葉は、混乱して言葉に詰まった。

『家に帰りたいと声が聞こえたから、てっきり、わしを思い出したと思っておった。
そうか、花姫は、わしを思い出しては、おらんのか。』
そう言って、狛犬は、ガッカリしたように項垂れた。

突然、話し出した狛犬に驚いた忍葉は、
一拍遅れて、

『思い出すってどう言うこと?』
と呟くように言った。

事情がわからない美月と櫻葉は、心配そうに成り行きを見守っている。

ポチの話を聞いて、自分たちのことを覚えていると思っていた三枝夫妻は、
忍派の様子から、忍葉が、幼い頃のことを覚えていないようだとわかり、落胆しつつも、これ以上、混乱させては可哀想だと話しかけることを躊躇っていた。