『僕はそろそろ、仕事に…

髪蛇先生が話し始めたとき、目を覚ました忍葉が、目でキョロキョロと周りを見回し始めた。

皆が忍葉の様子を伺っている中で、意識をゆっくり取り戻してきた忍葉が、手を持ち上げたかと思ったら、ガバッと起き上がった。

『お姉ちゃん…、良かった。目を覚ました。
私、わかる?』

『わかるよ。美月でしょ。それより、紫紺様は?紫紺様は何処?』

紫紺を恐がっていたはずの忍葉が、目覚めた途端、紫紺を探したことに、皆が驚いた。

『忍葉君。落ち着いて、目を覚ましたようだね。ここが何処かわかるかい?』

落ち着いた穏やかな声で、神蛇先生が話し掛けた。

美月の方を向いていた忍葉が、反対側に来ていた神蛇先生の方を向いた。

それからゆっくり周りを見渡して、

『こないだと同じ病室…、私、何かもじゃもじゃしたのに乗って…、

その時からずっと紫紺様の私を呼ぶ声が聞こえてたような…
後、誰か…懐かしい声が、忍葉ちゃん、忍葉ちゃんって言っているのが、聞こえてて…、紫紺様が、火傷?…熱くて、痛いのとってくれた気がしたんだけど…。

気のせいかと思って手を見たら、綺麗になっていたから…。

紫紺様は、居ない…の?』

『驚かされてばかりだ。紫紺君に忍葉君の声が聞こえた時、忍葉君も、紫紺君の声が聞こえていたんだね。』

『えっ?』

『紫紺君なら居たよ。忍葉君の火傷を治したのは紫紺君だ。

目を覚ました忍葉君が、紫紺君を見て、
恐がるといけないから、離れたんだよ。』

『気分はどうだい?忍葉君。』

『少しぼんやりしてるけど、他はなんともないです。
火傷、紫紺様が治してくれたんだ…。
そう言えば、美咲、翔様が治せるって言ってた…。』

『得意不得意があるけど、霊力である程度の傷は治せるからね。
他に痛いところはあるかい?』

『いえ。何処も痛くないです。』

『そうかい。なら良かった。
忍葉君が、病院に搬送された時、火傷を負い、頬が腫れ、唇の端が切れていた。殴られたみたいだったよ。
頭や身体に怪我を負うようなことをされてないかい?』

『それ以外は何も…。』

『なら良かった。念のため、他に頭や身体に外傷がないか検査したよ。もうすぐ、結果がでるはずだ。君に何があったかわからなかったからね。でも、その話だと大丈夫そうだね。』

『はい。』

『それじゃ、どうしようか…、紫紺君を呼んでも、大丈夫かい?』

『呼んでくれるの…?』

そう言って神蛇先生を見た忍葉は、大丈夫かと聞かれたことに気づいて、

『あっ…、わからないけど、…会いたい、側にいて欲しい…。』
と言った。

神蛇先生の言葉を皆が待った。

『道忠君、紫紺君を呼んで来てくれるかい?』

というと周りにいた皆が安堵の表情を浮かべた。

今まで黙っていたポチが、
『それには及ばんよ。わしが呼ぶ。あやつなら念が、聞こえる。』
と言った。

そして、黙ったかと思ったら、
『直ぐ行く。と言っておったぞ。』
と言った。

狛犬ポチに見慣れてきた紗代子が、
『ポチって何でもできるのね…。』
と感心したように言った。

『人間は、肉体に縛られとるからな。わしに肉体はないからな。』

ほどなくして、病室にノックの音が響いた。

『入っていいか?』

紫紺の声を聞いた忍葉が先生を見る。

『入って来てくれるかい?』

紫紺は入って来ると、ゆっくり忍葉の方に近づいた。道忠が場所を譲った。

紫紺が忍葉の真横のベッドサイドまで来た。
忍葉の様子に変化はない。

『忍葉、側に居て大丈夫か?』

『わからない、少し恐い…だけど、

そう言って手を伸ばすと紫紺のスーツの袖を持ち、
『…側に居て…
とか細く言った。

紫紺は、衝動的に抱きしめてしまいたくなる思いを堪え、自分の袖を持つ忍葉の手をとり、椅子に座ると、両手で握り、

『ここに居る。』
と言った。

忍葉の緊張が少し緩んだように見えた。

『大丈夫かい?』

『はい。少し恐いけど…。』

『うん。そうなんだろう。
こちらから見ても、少し不安定に見える。
けど、紫紺君が居た方が良さそうだね。』

『はい。』

『話をすることはできそうかい?』

『はい。大丈夫です。』

『それなら、これから話すことを落ち着いて聞いてくれるかい?』

『はい。』

『実は、忍葉君が、美咲君のプレゼントした服を引き裂いて、美咲君に襲い掛かったと、千虎家の翔坊ちゃんから、花姫会に連絡があったんだ。

『知ってる…。』

その場に居る殆どの者は、気を失って病院に運ばれてきた忍葉が、
翔が花姫会に電話をしたことや、電話の内容を知っていると思っていなかった。

美月は、驚きに息を飲みなから、
一体どういうことなのかと混乱した。

櫻葉は、驚いてはいるが落ち着いて、神蛇と忍葉を見守っている。

三枝夫妻は、思いがけない展開に驚き、言葉を失ったまま、成り行きを固唾を飲んで見守っている。

神蛇は、忍葉の言葉に驚きつつも、冷静に言葉を紡ぐ。

『知ってるんだね。君は、どうして知っているんだい?』

『美咲が言ってたから。
翔様が、私を花姫にさせて置けないって、花姫会に電話してる。いい気味って…、』

『そうなんだね。美咲君がそう言っていたんだね。』

『はい。』

『今日は、家に、翔坊ちゃんを招いて家族で食事をする予定だったよね。そこで、忍葉ちゃんに何があったか?
どうして火傷を負っていたか?
話してくれるかい?』

『はい…。』
と答えると忍葉が、訥々(とつとつ)と話し出した。