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美月たちが忍葉の病室に着いた。

ベッドに横たわって眠っている忍葉を見ると美月は、側まで駆け寄った。

『お姉ちゃん、何も起きない。大丈夫。って言ったのに。この間、倒れたばっかりなのに…。もうこんなの嫌。早く目を覚まして。
お願い。お姉ちゃん。』

そう言って大きな涙の粒をポロポロ(こぼ)している。

紗代子が近くにあった椅子を持ってきて、美月を座らせ、頭を撫でた。
隣に、紗代子と和彦も座って眠っている忍葉を見守る。

美月たちより一足先に病室に来て、美月とは反対側のベッドサイドで、忍葉の様子を見ていた狛犬が、紫紺が近づいて来ると、

飛び上がって、仔犬ほどの大きさになると、忍葉の眠るベッドの足元に横たわった。

紫紺は、狛犬が退いたベッドサイドに駆け寄ると、愛おしそうに眠っている忍葉の顔を覗き込み、頬を撫でながら、

『何があったんだ。忍葉。早く目を覚ましてくれ。』
と悲痛そうに呟いた。

紫紺の放つ神気と真剣な眼差しに、美月たちは、惚けたように紫紺を見つめた。

紫紺は(おもむろ)に顔をあげると、

『神蛇先生、忍葉を頼みます。目を覚ました忍葉を恐がらせたくないので、俺はこれで。』
と言って立ち上がった。

『ああ、そうだね。紫紺君。病院にまだ居るつもりなら、僕の部屋に居るといいよ。』

『そうさせて貰います。』
そう言うと、紫紺は、
病室の入り口に控えていた道忠に
『後は頼む。』
と言って病室を出て行った。

紫紺の後ろ姿を見送りながら、

『こんな時に、お姉ちゃんが、紫紺様の側に居られないなんて、花王子は、誰よりも、花姫を大事にしてくれるのに…。なんでお姉ちゃんばっかり辛い思いをしなきゃいけないの‼︎』
と悔しそうに言った。

病室内が一瞬、鎮まり返ったが、

すぐに、紗代子が、静けさを破って口を開いた。

『そう。大事なことを伝えてなかったわ。

美月ちゃん、救急車の中で、美月ちゃんのお祖父ちゃんたちに忍葉ちゃんを、この病院に搬送することを連絡したの。

明日、朝一で、家を出て病院に見舞いに来るっておっしゃってたけど…。
良かったかしら?』

『はい、大丈夫です。
三枝夫妻の名前やお姉ちゃんが預けられていたことは知らなかったので、驚いたけど、

藍蓮様から、

お姉ちゃんの心理的抵抗を解く鍵になる、

お父さん側のお祖父ちゃんたちや、
小さい頃のお姉ちゃんの面倒をよく見ていたご夫妻に、紫紺様は会いに行く。

ってことは聞いて知っていたし、

お姉ちゃんの心理的な抵抗が解けて花姫になれるなら、そうなって欲しい。

だから、会いに来てくれるのは嬉しいし、
私もお祖父ちゃん、お祖母ちゃんに会ってみたいです。』

『じゃあ、紫紺様が、私たちに会いに来たことは、知ってるのね。』

『はい。』

『紫紺様が、忍葉ちゃんの花紋が現れることへの抵抗を解決したいから協力して欲しいと、お祖父ちゃんたちや私たちのところへわざわざ来てくれて、

美咲ちゃんが花姫になってから経緯や、

忍葉ちゃんがご実家に引き取られてからの家庭環境や生活のことなんかを話してくれたの。

紫紺様には伝えたけど、
私たちも、お祖父ちゃんたちも、貴方たち姉妹に協力出来ることがあるなら何でもするつもりだから、遠慮なく言ってね。』

『ありがとうございます。』

ノックの音がして、
『藍蓮だけど、入っていいかい?』
と声が聞こえた。

美月が嬉しそうに、
『どうぞ。』
と声を掛けた。

藍蓮が、病室に入ると、
ベッドに近寄って、忍葉の様子を見る。

『まだ、目覚めないみたいだね。』

『うん。でも、今日は、前みたいにうなされていなくて、顔が穏やかだよ。』

『そうだね。美月ちゃん、大丈夫だった?』

『うん。大丈夫。』

『道忠、紫紺君は?』

『紫紺様は、忍葉様が目覚めた時に、恐がらせたくないとお顔を見るとすぐ、病室を出られて、今、先生の部屋にいらっしゃいます。』

『そう。僕もそのことが心配だったんだ。辛いね…。』

『藍蓮様、紫紺様の話を聞いて、三枝夫妻も、おじいちゃんたちも、協力してくれるって…。』

『そう、良かった。』