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桜坂総合病院近くに居た紫紺と秘書の道忠がいち早く病院に到着した。

忍葉が桜坂総合病院に搬送されると、紫紺のの霊力により、すぐ火傷と、頬の腫れや唇の傷は、何事もなかったように手当てされた。

その後、医師の神蛇によって他に外傷がないか検査に回された。

花姫会から駆けつけた櫻葉と神蛇先生が、
忍葉に付き添ってきたご夫妻や、
何か知っていそうな紫紺、道忠らに事情を聞き始めた頃、
藍蓮と美月が病院に到着し、神蛇先生の元に案内されて来た。

『先生、忍葉ちゃんは?』

『火傷や頬を殴られたみたいだな、唇が切れた傷やほぼの腫れは、紫紺君が治したよ。今、検査している。まだ、気を失っているからなんとも言えないけど、無事だよ。』

安心したのか、力が抜けた美月を藍蓮が支えた。

『こちらが忍葉ちゃんを見つけて救急車を呼んでくれた三枝夫妻だ。
紫紺君たちは、何か知っているみたいで、忍葉ちゃんより、早く病院に来たよ。

今、丁度、事情を聞き始めたところだ。一緒に聞くか?』

『うん。聞く。』
と美月。

『えっと、紫紺君、三枝夫妻って、紫紺君が会いに行ったご夫妻だよね?』

『ああ、そうだ。』

『美月ちゃんには、車の中でだいたいのことを話したけど、神蛇先生は、三枝夫妻が誰かわかっていないようだね。

忍葉ちゃんが入院した夜に話していた、幼い頃の忍葉ちゃんの面倒をよく見ていたご夫妻だよ。紫紺君が昨日、会いに行っている筈だよ。』

『ああ。そうだ。』

『ええ。ええ。紫紺様とは、昨日、お会いしたばかりです。』

『ああ、何処かで聞いた名前だと思っていたよ。そうか…。なるほどね。

だけど、忍葉君は、今日、自宅で、千虎の坊ちゃんを招いて、家族で夕食を食べていたんじゃなかったかい?櫻葉。』

『あ、はい。そのはずですし、翔様から花姫会にきた連絡では、忍葉様が火傷を負っていることも、浅井家から居なくなったとも、伝えられていません。』

『浅井家と三枝家は、歩いて行けるような距離じゃなかったと思うが、どういうことだい?紫紺君、三枝夫妻。』

『俺が話す。忍葉の幼い頃の知り合いの狛犬のポチが、

『ポチ‼︎』

『美月ちゃん知ってるの?』

『ほら、話したじゃない。ポチは、見たことはないけど、お姉ちゃんが小さな頃に、何もいない所でポチって呼んで話をしているのを見たことがあるの。
犬の幽霊か何かだと思っていたけど、狛犬だったのね。』

『その狛犬のポチが、忍葉の家に帰りたい。という声を聞いて、三枝夫妻の家まで、忍葉を連れて来て、桜坂総合病院に連れていけ。と言ったそうだ。

それで、救急車を呼んで、搬送中に、俺に連絡をくれた。

俺は、その時、「忍葉の家に帰りたい。」という声が聞こえて、』

この言葉に神蛇と藍蓮、道忠が一様に驚き、感嘆の声をあげた。

『流石、御霊還りだ。』

『本当だね。』

そうか、あの時、忍葉様の声が聞こえて、紫紺様は、浅井家に向かおうとしたのかと道忠は、やっと得心がいったと思った。

『忍葉の声を聞いて、浅井家に向かい始めた時、三枝 紗代子さんから連絡を受けた。

丁度、その時、俺の元にも狛犬が来て、

花王子よ、お前の花姫が火傷を負っている。桜坂総合病院に急げ。

と念を送って来た。だが、忍葉に何があったかは、わからない。』

経緯(いきさつ)は、わかったけど、
狛犬が忍葉ちゃんの家に帰りたいという声を聞いて、三枝夫妻の家に連れて行ったんだろう?忍葉ちゃんの父方の祖父母の家の方じゃなくて。』

その時だった。

部屋の窓がサーッと開くと、
皆んなの前に、
金色の長い癖っ毛をした大きな狛犬が現れた。

皆が一様に驚く中、
『ポチ』
と美沙子が言った。

藍蓮が吹き出して、笑いながら、
『随分、似合わない可愛い名前だね。』
と言った。

『失礼な奴だな。花姫がつけた名だ。気に入っている。』

『そうなんだ。ごめんね。花姫って忍葉ちゃん?』

『そうだ。』

『聞きたいことが、一杯だよ。

ポチはどうして、忍葉ちゃんを三枝夫妻の家に連れて行ったの?

忍葉ちゃんはなんで火傷を負っていたの?

忍葉ちゃんに何があったの?

どうして忍葉ちゃんが花姫で、花王子が紫紺君だって知ってるの?』

『やかましい奴だな。

花姫があそこの夫妻を思い浮かべて、家に帰りたいと強く願ったから、迎えに行った。

随分、悲痛な声だった…、
その夫妻の家は、花姫の家より病院に近い。
救急車とやらで、病院に一緒に行けば、花姫が目を覚ました時にすぐ会えるだろ。
人間は移動にやたらと時間がかかるからな。

ついでに、花王子も呼びに行ってやったが、着いた時には、花姫の居所を知ってたようだな。通信は早うなったな…。

人の世はコロコロ変わるでな…。

わしが花姫の所に着いた時には、火傷を負って狭い部屋に一人で居た。
花姫に何があったかは、知らん。

わしはこれを届けに来た。そう言って頭を振ると何かが落ちてきた。

『花姫の大事なものだ。』

転がったものを見た紗代子が手に取って、
『忍葉ちゃん、まだ、持っていてくれたのね。』
と涙を浮かべ、
『貴方これ見て。』
と夫に見せる。

『何、それ。ぬいぐるみ?』

『ええ。くまのぬいぐるみ。預けられていた忍葉ちゃんが、ご両親の元に行くことになったから最後に主人と忍葉ちゃんと一緒に、出かけて、その時に買ってあげたものよ。』

『このおなごは、忍葉を、自分の娘のように可愛がっていたからな。』

『お姉ちゃんが預けられていたってどういうこと?』

『さっきから気になっているんだけど、ねぇ。貴方、ひょっとして忍葉ちゃんの双子の妹の美月ちゃん?』

『えっ。そうですけど、なんで、知っているの?』

『やっぱりそうなのね。忍葉ちゃんに、似てるからそうかなと思っていたの。

会ったことはないけど、年子の双子の姉妹の美月ちゃんと美咲ちゃんがいることは知ってたから。』

『えっと、紗代子さんは、どうしてそんなにお姉ちゃんに詳しいの?私たちのことまで知ってるし…。』

『あー、そうだね。美月ちゃんには、車の中で、簡単に話しただけだからね。』

『あ〜、ビックリさせちゃってごめんなさいね。私は、美月ちゃんのお父さんのご両親の
旅館で昔、中居をしていたことがあるの。
私は、三枝 紗代子、彼は夫の和彦。』

『美月ちゃんは知ってるかしら?
忍葉ちゃんが生まれて半年後から、忍葉ちゃんが4歳くらいまで、忍葉ちゃんは、お父さんのご両親が預かっていたの。』

『えっ。お父さんの方のおじいちゃんたちが、旅館をしているのは知っていたけど、お姉ちゃんが預けられていたなんて知らなかった…。私は、おじいちゃんたちの家には行ったことがないし…。』

『小さな頃の話しだからそうよね…。

ポチは、忍葉ちゃんのお祖父さん家の近くの松山神社の狛犬なの。

私は、忍葉ちゃんのお祖父さんたちが、忍葉ちゃんを預かった時、お祖父さんの旅館の中居をしていたの。

お祖父さんたちも、旅館の仕事をしているから、日中、忍葉ちゃんの子守りをしてくれる人を探していて、

子どもが欲しかった私が、頼んで、お祖父さんの家で家事と忍葉ちゃんの子守りをさせて貰っていたのよ。

主人も子どもが好きで、仕事が休みの日や、
仕事が終わって私を迎えに来た時に、忍葉ちゃんのお祖父さんの家で一緒に過ごしたりしてたの。

小さな頃の忍葉ちゃんは、ポチが大好きで、忍葉ちゃんと、よく松山神社へポチに会いに行ってたのよ。

と言っても、私がポチの姿を見たのは、今日が初めてなんだけど…、
なんで今日は、見えるのかしら…。』

『わしが姿を見せておるからな。』

『あ〜、そうなのね。』
紗代子は、納得した顔をするとまた、話し始めた。

『忍葉ちゃんが小さい頃、ポチは、クリックリの長い金色の毛でね、獅子みたいなお顔をしているんだよ。
と言っていたので、すぐわかったわ。』

『えっと、お姉ちゃんが、お母さんたちと暮らすことになった時に、3人で出掛けて、
その時、このぬいぐるみを買ったってこと?』

『ええ、そう。あの時、動物園に行ったのよ。忍葉ちゃん、白熊が水浴びするのが気に入って…。それで、何か一つお土産を買って帰ろうって言ったら、そのぬいぐるみをえらんだのよ。ね、貴方。』

『ああ。嬉しそうに握りしめてたよ。』

その時、ノックの音がした。

『どうぞ。』

『失礼します。』
と看護師が入って来た。

『忍葉様の検査が終わりました。』

『目を覚ました?』

『いえ。指示された特別室に移って頂きましたが、まだ、眠っています。』

『お姉ちゃんの所に行きたい。』

『私たちもいいですか?』

『美月君、いいかい?』

『はい。お姉ちゃんにとって大切な人たちだと思うから。』

『それじゃ、皆んなで忍葉君の病室に行きましょうか?』

『僕は、一度、母さんと千景に連絡してくるよ。美月ちゃん、先に行って待ってて。』

『わかった。藍蓮君、忍葉君の病室は、この前と同じだよ。』

『了解。美月ちゃん。神蛇先生たちと、先に行ってて。』

『うん。わかった。』

『わしは、一足先に行ってくる。』
そう言うと、狛犬ポチは、宙に飛び上がったと思ったら、消えてしまった。