夕飯後、食べ終わった食器を流しに運ぶと、先に食器を下げ終えた母親が、声を掛けてきた。

『忍葉、もうすぐ、TVで花姫特集が始まるから、私とお父さんの分のコーヒーを淹れて。
美月と美咲は?』

『私は、いらないから。』

そう言うと、美月は、サッサとリビングから出て行った。

『最近、美月は、食事が済むとすぐ、自分の部屋に行くわね。昔は、花姫様の特集があると、家族4人で必ず見てたのに。』

『まあ、年頃だから、親と居たがらないのは仕方ないんじゃないか?』

『いいじゃない。美月なんか放っとけば。
それよりお母さん、早く、おいでよ。始まっちゃうよ。』

居間のソファから、身を乗り出して話す美咲。

『あっ、お姉ちゃん、私、アイスミルクティーね。甘さ控えめにしてよ‼︎』

『ついでに、食器も、洗って置いてね。』

母親はそう言い残すと、居間で、夫と美咲とTVを見始めた。

♢♢♢♢♢

浅井家の居間では、TVを囲んで、家族の団欒が始まった。

忍葉は、そこに誘われることもない。
そして、そのことを気にする素振りもなく、キッチンで言われた通り飲み物の用意を始めた。

忍葉《しのは》は、日本人とは思えない黄色味の全くない真っ白な肌に、薄桃色の瞳、白緑色(びゃくろくいろ)の髪を持ち、
胸から右手の甲まで広がる赤いアザという姿でこの浅井家の長女として生まれてた。

出産に関わった者は、皆、表情や声には出さないものの、生まれてきた忍葉の姿をみて、一様に驚いた。

なかでも、忍葉の母親、晶子の驚きと落胆振りは大きかったらしく、生まれてきた忍葉の姿を最初に見たときは、
『化け物‼︎』
と叫んで抱くことを拒み、周りを驚かせた。

忍葉の肌や髪、目の色が、一般的な日本人のものとは、かなりかけ離れたものだっただけでなく、体の色素は、全体的に薄く、薄桃色の目は、瞳孔が、極めて白に近く、目が見えるかどうか心配され、様々な検査が行われた。

結果、肌や目、髪の色は、色素異常、赤いアザは、単純性血管腫で、合併症などはないと診断され、目に関しては、育ってみないとなんとも言えないということだった。

結局、目には何の問題も無かったのだが…。

人と違う見た目で生まれたことで、色々、ありはしたが、
薄桃色の目に、白緑色の髪は、珍しい上、目立つので、人目を引き、白すぎる肌のせいで、青白く見えるものの、それ以外に、健康上の問題は特になく、忍葉は、顔立ちの整った可愛らしい赤ん坊だった。

けれど、忍葉の母親、晶子は、忍葉の普通とは違う髪や目の色が人の目に映ることを極度に嫌い、あまり外に出そうとせず、外出しなければいけないときは、目の色は、どうすることもできなかったが、髪の色を隠すため、必ず、帽子を被せ、赤いアザが一目に触れぬよう夏でも、長袖を着せた。

裕福な家庭で、甘やかされて育った忍葉の母親、晶子は、自惚れが強く、
自分が、人に驚かれるような容姿の赤ん坊を生んだことが、認められなかったのだ。

プライドが高いので、そういう自分を認めることができぬまま、その後、双子を授かった。

忍葉と、年子で生まれてきた双子、美月と美咲は、あざの一つもない綺麗な肌に、黒い瞳、少し茶色味を帯びた髪のそれは、可愛らしい容貌をしていた。

二卵性双生児であるのに、
まるで一卵性双生児のようにそっくりで、

新生児室のガラス越しに、
透けるような白い肌に、クリクリした黒い目をした可愛らしい顔が、
そっくりそのまま2つ並んで寝かされている姿を見た母親は、
この子たちこそ、自分が生むべき子だったと確信した。

同時に、
やっぱり忍葉は、自分が生むべき子では無かったという思いを強めた。

それからというもの
母親の晶子は、

双子には花姫になっても、困らないようにと、私立に通わせ色々な習い事をさせ、
忍葉には公立に通わせ、習い事をさせないなど…
忍葉と双子、美月と美咲に大きな差をつけて育てるようになった。

特に、晶子は、忍葉が生まれた頃から変わらず、忍葉の普通とは違う髪や目の色が人の目に映ることを極度に嫌い、忍葉を一目に触れさせないよう隠すように育てていた。

忍葉を学校へ行く以外は、あまり外に出さず、家族での外出などは、一人留守番をさせ、連れて行くこともなく、
初節句、七五三、誕生日の祝い、正月、入園式と何かの折には、
双子の娘は、着飾らせ、必ず祝いをしたが、忍葉には、祝うことはおろかお洒落らしい、お洒落すらさせようとしなかった。

あまりの大差に、
『忍葉にも、双子と変わらないことをしたらどうか?』
と父、清孝が言っても、

『忍葉は、普通の容姿じゃないんです。着物を着せたら、余計に目立って、指を指されて恥ずかしい思いをするのは、忍葉ですよ。』

という感じに何を言っても、忍葉の為だと譲らす、無理に何かをしてあげようとすると、妨害したり、忍葉にかえって強くあたる。

父親、清孝の行動原理は、損か得かしかなく、子どもが後々、自分に特になるかもしれないことには、関心があるが、子どもの心がどうなろうが特に関心はなかったので、
日和見で面倒事を嫌う清孝は、早々に晶子に何かをいうことを諦めた。

そして、生まれてから一緒に育った双子の美月と美咲の間にも、育ってくると、段差がつくようになっていった。

ジュースやお菓子、おもちゃを欲しがるような年になってくると、自己主張を強くする美咲に、美月が押され気味になった。

姉妹を対等に扱うまともな両親なら良かったが、美咲の母、晶子は、我儘を言って小さな女王様のように振る舞う、自分に良く似た美咲の方が可愛いく、女王様のような振る舞いこそ、将来、人の上に立つ気質に違いないと思い、美月より少しだけ多く期待をしてきた。

双子の姉妹が物を取り合ったり、欲しがったりする度に、
『美月は、お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい。』
と美咲の肩を常に持ち、嗜めることなく、美咲のやりたいようにさせた。

日和見な面倒臭がりの父親、清孝は、母親が
美咲を優先していることに、意を唱えるようなことを口に出して、晶子の機嫌を損ね、面倒なことになるのを嫌い、右に習えと、
『そうだぞ。美月。』
と晶子を援護する態度を常にとった。

かくして、
忍葉と双子の美月と美咲には、大きな格差が、美月と美咲には、段差がついたまま育てられ、子どもたちそれぞれの心にも、それが定着していった。

そして、忍葉は18才。高校3年生に、
双子の美月と美咲は、16才。高校2年生になった。

♢♢♢♢♢

TVでは、一昨年、結婚した神獣人の【花王子 】と【花姫】冬夜様と未来(みく)様夫妻をゲストに迎えて、花姫特集をやっている。

その昔、神のような容姿と獣のような身体を持っていることから神獣人と呼ばれるようになったと伝えられているだけあって、

神獣人は男女共、顔立ちが整っていて、スタイルが抜群に良い人が多く、神気を纏っているせいか、男性は、覇者のような精悍さ、女性は、神秘的な妖艶さがあり、見た目だけで人を惹きつける強いカリスマ性がある。

その上、才気に溢れ経済力の高い神獣人と
国の宝と言われている花姫は、
ここ日本では、
何かと話題にのぼることが多い。

神獣人の花王子が、花姫を溺愛することや、
神獣人家は嫁いだ花姫をこの上ないほど大切にすることは有名で、
花姫が出た家は豪邸が建つと噂されている。

日本には、花姫に憧れを抱く女の子や、
娘が花姫になることを期待する親は多い。

花姫は、年頃になると手の甲に花紋が現れ、
はじめて花姫だとわかるため、

女の子が生まれると
娘が年頃になるまでのひとときを、
娘の手の甲に花紋が現れることを期待し、
自分にもいつか手の甲に花紋が現れることを夢見て過ごす親娘は多い。

この浅井家の三女、美咲も、そんな女の子の一人。

今はこの場に居ない次女、美月も、
ほんの数年前までは、この家族の輪の中で、同じようにTVを囲っていた。

両親、特に母親から、
『美咲と美月は、時が来れば、必ず花紋が現れて花姫になるわ。』
と期待され育ち、自然と大きくなったら花姫になるものと思うようになった美咲。

見目の良い双子が生まれた日から、これほど器量よく生まれたうちの双子の娘なら花姫になれるだろう。
と期待してきた母、晶子。

花姫が出た家は豪邸が建つという噂に邪な欲を持ち、あわよくば3人の娘の誰か一人からでも、花紋が現れないかと期待してきた父、清孝。
3人が其々の欲望を胸に花姫特集を観ている。


『やっぱり神獣人は、凄いイケメンね〜。
でも、未来様は、そんなに美人ってことはないわね。』

『あれだけカッコイイ人の横だと、見劣りするよねー。』

『美咲の方がよっぽど美人だよなぁ。』

『ヤダ〜。お父さん。』

『冬夜様はね〜。学生の頃、モデルをしていて、腕時計のモデルをした時は、凄い売れて、それまでの売り上げ最高記録を更新したんだって。』

『青龍族でね〜。天候を操るんだよ。』

『美咲は、詳しいわね〜。』

忍葉が飲み物を持ってきてテーブルの上に置いていく。

家族は、忍葉に、礼を言うこともなく、テレビを見ている。

TVでは、未来様が花姫になった頃の話をしている。

番組のMCが、
『お年寄りが花姫様に会うと拝む人が居るってよく聞くけど、未来様は、拝まれたことありますか?』

『ふふふっ。拝まれたことは…

『戦後復興の頃は、花姫様が出ると、町中がお祭り騒ぎだったって良く聞くわよね。』

『何それ。ハハハ。』

『…そう言えば、母親が子どもの頃、近所に花姫様が出て、町内中で大宴会をしたって言ってたな。見たことない食べ物が一杯出て夢のようだったって。』

楽しそうな家族の団欒をよそに、忍葉は、キッチンに戻って、食器洗いに取り掛かかった。

例外はあるが、花紋が現れるのは、だいたい16才から20才の間くらいと言われている為、

その年齢を娘が過ぎていけば、やっぱり花姫ではなかったかと束の間の夢から覚め、
娘が花姫かと淡い期待をし、家族で夢見て過ごした日々は、家族の良い思出になるのが、娘をもつ家庭の殆どだったりする。

手の甲に花紋が現れ、花姫になる娘は、ほんのひと握りしかいないので、
宝くじが当たったらいいなという感覚程度の期待を持ったり、娘可愛さから、花姫になってもおかしくないと例えることはあっても、
娘が生まれたからといって、あまり過度な期待を持つ家族はそういないからだ。

家族と一緒にTVを囲うことなく、早々に自室に行ったこの家の次女、美月も、家族や、世間の風潮よりも、一足早く夢から覚めた様子。

そして、母親に、小さな頃から、
『花姫様は神様に選ばれて生まれてくるのよ。見た目でハッキリ欠陥があるとわかる忍葉は、花姫ではないのよ。だから、忍葉と双子の美月と美咲とは違うのよ。』
と言われて育った忍葉は、
最初から、夢さえ見させて貰うことなく育った。

そのせいか、現実的な忍葉は、
『双子の娘は必ず、花姫になる。』
と言い切る母親の言葉を何処か冷めた思いでいつも聞いていた。

幼い頃から、母親によって、殆ど虐げられていると言っていいような育ちをしてきた忍葉は、夢をみたり、期待をしても意味などない、傷つくだけ損。という思いを沢山してきた。

そういう忍葉にとって、ほんの一握りしかなれない花姫に、なれると本気にできる母親や美咲が理解できるわけがなかった。

はぁ〜。早く、私も、美月も美咲も、20才を越えないかな。気が重いなぁ。

花姫じゃないってわかれば、あのお母さんと美咲のことだ。きっと、大袈裟に落胆して暫く大変そうだけど、早く、起きもしない夢から覚めて欲しい。そう願いながら、夕飯の後片付けをしていた。