丁度、着替え終わった頃、
ノックの音がした。

『お姉ちゃん、まだ?入っていい?』

翔様が来て、テンションが上がったのか、明るくて大きな美咲の声がした。

『いいよ。』
と言うと、美咲は、入ってきて、何かを私の足元に放り投げると、いきなり叫び出した。

『キャー何をしてるのお姉ちゃん。酷い‼︎

辞めて‼︎来ないで‼︎痛いっ』

ダダダダダダダッ、と階段を駆け上がってくる足音が聞こえ、ドアがバンっと開いた。

翔様だった。

美咲が、すぐさま縋りついて、
『お姉ちゃんを呼びに来たら、
お姉ちゃんが、今日、お揃いで着ようってプレゼントした服を破ってて…、

今まで、酷いことしてきたくせに、花姫になるのが許せないって掴みかかってきて…』
と言って泣き出した。

美咲の右腕の袖が破れ、
下には、切り裂かれた服みたいなものと、ハサミが落ちていた。

頭が真っ白だった。

『貴方って子は…』
バシンという音と共に、頬に痛みが走った。

前を見ると、お母さんが、ニコッと笑った。

バンッと音がして振り返ると、タンスの中から火が出ていた。

『美咲。下に行こう。手当てしないとね。』
大事そうに肩を抱き寄せて翔様が出て行った。

『翔君、火、火っ』

『大丈夫。すぐ消える。』

扉が閉まるバシンという音にハッとして、
タンスの引き出しを開け火の中に手を突っ込んだ。

『熱っ』

隠すようにしまっていた容器を取り出し、服や容器の火を消そうと叩いていると、フッと、全ての火が消えた。

急いで容器の中身を確認する。

無事だった。
ホッとして、薄汚れた手の平サイズのクマのぬいぐるみを両手で握り締めて座り込んだまま、呆然としていた。


バンッとまた、扉が開く音がした。

『いい気味。今、翔が花姫会に電話してるわ。お姉ちゃんを花姫にさせては置けないってね。』

花姫なんて、元々、なる気なかったからどうでも良かった。

『どうして…どうしてこんなことをするの?』

『欠陥品の親にも相手にされないお姉ちゃんが花紋も出ないくせに花姫だって言われてチヤホヤされてるから、立場を思い知らせてあげたのよ。』

『そんなくだらないことのために、こんなことを…。』

『くだらないですって…‼︎
負け惜しみでしょ。まあ、いいわ…

急に、美咲の視線が私の手に注がれた。

『お姉ちゃん、まだ、そんなもの持ってたの?へぇ。それを取るために、火傷したの?
バカじゃないの?

そうだ。翔は、傷を治せるの。ホラッ』
と、切り傷や火傷をしたはずの手を見せた。

『泣いて謝るなら、翔に治してあげてって頼んであげるわよ。さあ、早く泣いて謝って、お願いしなさいよ。おねぇちゃんっ。』

『いい。』

『何言ってるの‼︎治してあげるって言ってるじゃない。』

『治して貰わなくていいから。』

美咲がギュッと唇を噛んだ。

ふと美咲の手の甲が目に入った。
あれ、花の色、あんなに濃かったっけ?
気を取られていると、
バタバタと足音を立ててお母さんが来た。

『何してるの?美咲、早く下に戻りなさい。
翔様が心配してるわ。』

『仕方ないわね。まあ、そのうち、痛くて謝りに来るわね。』

そう言い残して、美咲が出ていった。

『忍葉、これで、寮に行けなくなったわね。良かったわ。忍ばは、これから、お母さんたちと住むのよ。』

そう言うとまた、出て行った。

暫く、閉まった扉を見ていた。

我に返って、手を見た。

両手が赤くなって水膨れがあちこちにできていた。

洋服のあちこちが焼け焦げていた。特に、両手の袖と胸の部分が焼けて無くなっていた。

もうどうなってもいい。
けど、ここには居たくない、

お母さんとお父さんに、このぬいぐるみを買って貰った楽しくて幸せだった光景や、

お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃんと楽しくテレビを見ている光景が、
頭の中を流れて行った。

家に、家に帰りたい。

強くそう思った。

その時だった。

バタッと、部屋の窓が開いた。

私の部屋は物置用だから、下が斜めに10㎝位しか開かない。

その扉から何かが入って来たと思ったら、みるみる大きくなって、私を背に乗せて、宙を走り出し、私は意識を失った。