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その日の夜、夫婦の寝室で、美郷は、息子、紫紺が胸に【番の花紋】を持って生まれて来た日のことを思い出していた。

【番の花紋】と呼ばれる花柄の入った紋様を胸に持って生まれてくる神獣人の男児は、出生男児の1割弱と少なくはあるが、そう珍しいことではない。

だが、紫紺が生まれ、その胸に、【番の花紋】を見たものは皆、一様に、驚いた。

およそ120年前、当時の麒麟一族当主 敦高(あつたか)の花姫 志乃の没後以降、
どういうわけかは、わからないが、麒麟一族の当主の男児にだけは、
120年近くもの間【番の花紋】を胸持つ男児が生まれて来ることは、無かったからだ。

それだけでは無い、生まれてきた紫紺の胸にあった【番の花紋】を一目見たもの全員が、敦高と志乃の【番の花紋】と同じものに間違いないだろうと思ったからだ。

【番の花紋】とは、花柄の入った紋様のことで、大きさは、直径3cmから大きくても5cmもなく、同じ花柄が入っていても、花柄の入り方や細かな紋様が違うことが殆どのため、一目見て、誰かと同じ【番の花紋】だとわかることは、まずない。

だか、極々稀に、霊力が高いとされる本家や本家に近い血筋の男児の中には、5cmを優に超える大きさの【番の花紋】を持つ男児が生まれることがある。

同じ規格外の大きさの番の花紋を持つ花姫を嫁に貰った神獣人家は、より大きく繁栄したため、【繁栄の番の花紋】と呼ばれている。

同じ番の花紋を持つ、神獣人が花姫を嫁に迎える歴史は400年近くと長い。
そのため、同じ番の花紋をもち、夫婦となった歴代のカップルの中には有名なカップルが何組もいる。

歴代麒麟一族当主の内の一人である敦高とその花姫、志乃も、そんな有名なカップルのうちの一組みである。
神獣人、特に、麒麟一族で歴史的に有名な同じ一族である敦高と志乃の【番の花紋】の特徴を知らぬ者は居ないのだ。

紫紺が持って生まれた【番の花紋】は、麒麟一族なら誰もが知る敦高と志乃の【番の花紋】の特徴と酷似していたのだ。

同じ番の花紋をもつ過去のカップルと、
同じ番の花紋を持つカップルは、【御霊還り】と呼ばれ、夫婦仲は抜きん出て良く、
周りが目のやり場に困るほどだとか。

嫁いだ神獣人家のみならず、一族を繋げ、神獣人一族を繁栄に導き、延いては、日本の発達、発展にも繋がったと言われている。

病院から、生まれた紫紺が、【御霊還り】では?と、すぐさま番の花紋の管理をしている花姫会に連絡が行き、調べられ【御霊還り】だとわかった時から暫くは、

120年振りに、当主家に【番の花紋】を持った男児、しかも【御霊還り】が生まれてきたと、黄竜寺家のみならず、麒麟一族が上を下への大騒ぎになった。

この時のことを思い出し、美郷は、

120年振りに現れる一族待望の次期当主の番の花姫であり、
何より私たちの可愛い息子の花姫、

やっと生まれた知らせを聞いたのに、
とっても、哀しんで、哀しみに心が染まって、今にも、消えてしまいそうなんだ。
と息子が言うのを聞いて胸が痛んだ。

息子の恋路は前途多難そうだわ。

だけど、大変だからこその実りがあるはず。
だから、より一層、親の私たちが応援しなくっちゃと美郷は思った。

『それにしても、悠君。』

『なんだい?美郷ちゃん。』

『紫紺君と花姫と庭の枝垂れ桜の繋がりは深いわね。宿った日も、生まれた日もわかって、桜の木から哀しみが伝わるなんて。』

『本当だよね。驚かされるばかりだよ。』

『紫紺君が、生まれた時、新たに枝垂れ桜を、植えなくて正解だったわね。』

胸に番の花紋を持った男児が生まれた神獣人一族の家では、無事に花姫と出逢えることを願って、花紋にある花木を庭に植える家が多い。

庭の枝垂れ桜は、敦高が生まれた時に植えられたものだ。【御霊還り】とわかったから、新たに枝垂れ桜を植えることはしなかった。

ホント正解だったよ。

『哀しみに心が染まって、今にも、消えてしまいそうなんだ。』
という紫紺君の花姫を心配する言葉を聞いて、

神獣人五族の各当主と花姫会会長のみが、代々、口頭で伝えられている言葉の一節が頭に浮かんだ。

『母親の腹に宿りし時より、
愛受けぬ花姫、
消えいるような色に、
赤い身を持って生まれ、
その身育つも、花開くことなき』

紫紺君の花姫は、きっとこれだろう。

『その身育つも、花開くことなき』
は、きっと、花紋が現れる年齢になっても、現れないってことだろう。

花紋が現れないなら、
花紋が、現れる年齢くらいまでに、

『消えいるような色に、
赤い身を持って生まれ』

これが何を指すのか?わからないけど、この特徴の女の子を探さないといけないなあ。

ごめんね。美郷ちゃん。
僕はこれでも、神獣人一族のトップ。

例え、愛する妻でも、愛する息子のことでも、言えないことがあるんだよ。

黙っているのは、美郷ちゃんに悪いと思うけど、ちゃんと僕、
紫紺君の花姫、見つけるからね‼︎
と悠然は、心に誓った。


『ねぇ。美郷ちゃん。』

『なあに。悠君。』

『やっぱり、哀しみの深い花姫なら、より一層、僕たちが大事な息子の恋路を応援しないとね‼︎
雨降りて地固まる。って昔から言うもんね。大変なほど実りは多いよ。きっと。』

『ふふふふふっ。』

『美郷ちゃん。一人で何笑ってるの?』

『夫婦って同じこと思うんだなぁ。と思ったら、可笑しくて。』

『へぇ。同じこと思ってたんだ。僕は嬉しいよ。美郷ちゃんと相思相愛で。』

『じゃ。僕は、ちょっと仕事をしてくるよ。もう遅い。いい子に寝るんだよ。』

そう言うと、妻の頬にキスをして、立ち上がった。

『悠君。また、何か秘密にしてるな。
ふふふっ。わかりやすいってことを気づいてないところが、旦那様の可愛いところよね。』
一人、呟く美郷であった。

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黄竜門家の庭の一角にある120年振りに咲いた枝垂れ桜を見ながら、電話を掛けた悠然。

『あっ、柘榴ちゃん?僕だよ。僕。わかるかい?』

『わかるえ。妾を、ちゃん付けするものも、僕だと名乗る者も、藁は、一人しか知らぬ。』

『そんなに気に入ってくれてるなら、嬉しいよ。』

『何の用じゃ。』

『えっ。久しぶりに柘榴ちゃんと、ちょっと話がしたかったんだよ。』

『妾は、忙しいゆえ、切るぞ。』

『待って‼︎待って‼︎大事な要件なんだから。』

『何じゃ?』

『もう。柘榴ちゃんは、せっかちなんだから。』

『切るぞ。』

『待って‼︎待って‼︎今、話すから。』

10ヶ月前の6月末の未明、
紫紺君と庭の桜の木の前で話したことと、
今日、起きたことを話し、僕の予想や考えと頼みたいことを言った。

『代々、各一族の当主と花姫会会長だけが口頭で伝えられている、花姫に関する言葉の一節、

母親の腹に宿りし時より、愛受けぬ花姫は、きっと僕の可愛い息子、紫紺君の花姫だよ。

だから、消えいるような色に、赤い身を持つ女の子を見つけたいんだ。協力して貰えるかい?』

『見つかるかは、わからぬが、協力はするえ。』

『後、消えいるような色に、赤い身を持つは、何を指すか?柘榴ちゃんは、知っているかい?』

『胎内に宿ってから、生まれて2、3歳くらいまでの花姫は母親の関心や愛情があまりに得られないと、どういうわけか?は、わからぬが色素に異常が出る子がおるんじゃ。そのことを表しておるんじゃろ。』

『流石、柘榴ちゃん。
長年、花姫会に携わってる柘榴ちゃんなら、何か知ってるかと思ったんだよ。
聞いてよかったよ。
いいヒントを貰った、ありがとう。
僕の方でも、探すけど、柘榴ちゃんも頼んだよ。宜しくね。』

『僕は紫紺君のお姫様、未来の花姫にピッタリ合う、使用人も探さなくっちゃいけないからね。
神獣人一族の中で、『花姫ただ一人が人間』という環境に急になるからね。気の合う使用人は凄く良いプレゼントになると思うんだよねー。あ〜やることが一杯だよ。
じゃね、柘榴ちゃん。』


『ほんに。悠然とは、せわしない奴よのう。一人で喋って切りおったえ。』

『御霊還りの枝垂れ桜の花姫か…。楽しみよのう。』
と一人呟く柘榴。

悠然の電話の相手、柘榴は、
神獣人四族の一つ、鳳凰一族を束ねる朱雀門家の当主 朱雀門 柘榴(すざくもん ざくろ)

そして、長年に渡り花姫会の活動に携わり、後の花姫会会長となる人でもある。

一見、お調子者にしか見えない悠然同様、かなり食えない相手である。

さて、何を考えていたのやら…。