『あのね。忍葉ちゃん、今日、ここに来て貰ったのは、紫紺君に会って貰うためだけじゃないんだ。』

今度は、藍蓮様は、何を言い出すんだろう?もう泣きたい気分で振り絞るように、
『どういうこと?』
と訊いた。

藍蓮様は、真剣な声で、
『忍葉ちゃん、もう家には、帰らない方がいいから、これからの住む場所を相談したかったんだよ。』
と言った。

これには美月も、驚いた様子を見せたから、知らされていなかったみたいだ。

『なんで?家には、帰らない方がいいってどういうこと?』

『落ち着いて聞いてね。』

『忍葉ちゃんの家庭の事情だけでも、充分に帰って欲しくは無いんだよ。
僕ですらそうだ。紫紺君は尚更そうだよ。』

これには、道忠さんが、真剣に頷いている。

『それに多分、今日の内に、花姫会から、
浅井家に、
千虎家が、中央区管内に美咲ちゃんが家族で住む話を白紙にしたい。
って申し出て来たと連絡が来るよ。
そういう動きになったら、僕に連絡するように頼んである。今のところは、連絡はないけど…ね。』

『どうして?』

『忍葉ちゃん、柘榴様から、服を贈られたでしょ。』

あー、さっき不安に思ったことか‼︎と思った。

『今日、美咲、あの服を着て内覧に行ったの?やっぱり何か問題になるの?』

『気づいていたの?忍葉ちゃん。』

『だって、さっき、藍蓮様のお母様は、柘榴様で、鳳凰一族の当主だって言ってたでしょ。』

『忍葉ちゃんは、やっぱり鋭いね。
美咲ちゃんは、今日、その服を着て、内覧に来たんだよ。

僕が翔君の母親、雅様の前で、

美咲ちゃんとお母さんに、
「どうして、柘榴様が忍葉ちゃんに、贈った服を美咲ちゃんが着ているの?」
って聞いたからだよ。』

『えっ?それだけ?それだけでどうして千虎家の申し入れがわかるの?それも今日、来るって。』

『花姫会は、花王子と花姫を引き合わせ、仲を取り持つ役割をしているから、
花王子側、花姫側どちらにも、寄らない中立な立場に立っているんだよ。

花姫の姉妹に対してもそれは、同じだよ。

その花姫会会長の柘榴が、一人の姉妹に服を贈ったと聞いたら、
それだけで、どんな事情があるか調べたくなるよ。

ましてや、自分の家の花姫の美咲ちゃんが、それを姉妹の忍葉ちゃんから借りてるとなったら、尚のことだよ。

普通の人は知らないけど、忍葉ちゃんの髪や目の色をした人間の女の子が、上位の花姫である可能性が高いことは、神獣人なら誰だって知っているんだよ。

花姫の姉妹が、上位の花姫の可能性が高い目や髪の色をしていることを花姫会が、千虎家に伝えないはずはない。

千虎家は、姉妹の花姫の確認に拘っていたでしょ?』

それが自分のせいだったとは思いもしなかったから驚きながら、
『うん。』
と答えた。

そして、花姫の確認の結果、
忍葉ちゃんは、花姫だと断定された。
上位のって言わなくても、神獣人なら上位だと思うよ。

おまけに、美月ちゃんは僕の花姫だ。

千虎家の花姫の姉妹が、両方、自分の家より上位の花王子の花姫だとわかったんだよ。

母さんは、鳳凰一族の現当主だし、
おまけに、
美咲ちゃんの双子の姉の花王子の母親だよ。

どんな事情で贈られたもので、借りることが妥当かどうかを調べるし、不審だと思ったら、家庭の事情も調べるはずだよ。
調べたら翔君のご両親はどう思う?

美咲ちゃんをご両親や、2人の姉妹の側に居させちゃいけない。花姫の教育をしなきゃって今頃、思っていると思うよ。
花姫の美咲ちゃんを諦める選択も視野に入れているだろうね。』

美月が、美咲に言ってた、
花姫会会長が贈ったものを着ていい訳ない。
が、ホントになるってこと?

花姫会の神獣人社会の説明を聞いたから、
ひょっとして大変なことになるんじゃないか?と想像はしたけど、
今まで、家の中では、日常的に、当たり前に起きていたことの一つが、これほどの騒ぎに本当になるとは信じられなかった。

それに気になることがあった。

『藍蓮様はそうなるってわかっていて、翔様のお母様の前で、美咲たちに聞いたの?』

『そうだよ。もっと言えば、母さんもだよ。』

『えっ‼︎』
美月と被るように驚きの声が出た。

『母さんは、いつも花姫が現れたら、その花姫家族を調べるからね。

美咲ちゃんが小さい頃、
忍葉ちゃんが貰った服を母親が着せていたことを知って敢えて、忍葉ちゃんに服を、贈ったんだよ。

母さんに、聞いてないけどね。
きっとそうだよ。』

『なんでそんなことをするの?』

『母さんは、花姫会の会長だけど、
鳳凰一族の当主だ。

花姫の花王子の家に花姫会が、直接、問題がある家庭と言えば、

花王子家にとったら、

鳳凰一族の当主に直接、対処するように言われたのと変わらないんだよ。

それじゃ、一気に大事(おおごと)になるでしょ。

でも、何も言わないわけにもいかない。

美咲ちゃんが何もしなければ、問題にならないし、何かをすれば問題があるかも?
と、花姫の花王子側が気づくでしょ。

自主的に対処して、花姫が以後、問題を起こさなければ、花王子家は、花姫を失わずに済むし、花姫も、花姫でいられるからだよ。

僕や紫紺君、他の花王子だって、これから自分の花姫に危害を加えないなら、過去は不問にするよ。

花王子や花王子家にとって花姫がどれほど大切か知っているからね。

正直許せないけどね。
自分の花姫を傷つけられた紫紺君は、尚、そうだよ。』

またもや、道忠さんが、深く頷いている。

『ねぇ、藍連様、花姫会の千景さんが、神獣人一族の社会について説明してくれたから、藍蓮様の話はなんとなくそうなんだろうと理解はできるけど…、

お母さんや美咲は、あの話しを聞いて、天狗になってた。

花姫の自分は、神獣人から大切にされることはあっても、逆はまるであり得ないみたいに…。

自分たちは、特別みたいな感覚が強い美咲たちには、そう思う話し方だったと思うんだけど…。
ひょっとしてそれもわざと?』

『神獣人は、冷静で理性的だからね。

尻尾があるなら、ビビって引っ込められるより、図に乗ってサッサと出して貰った方がいいからね。

母さんは特に、そうだよ。そうじゃなければ、当主は務まらないからね。千景は、母さんの部下だ。多分、そうだろうね。』

美月の質問にそんなに率直に答えるのかと驚いたし、引く思いがした。

『…神獣人、恐い…ね。』

『はぁ〜、美月ちゃんに嫌われちゃったらどうしよう…凄いショックを受けるだろうな…

だけど、神獣人を理解して貰わないと本当には分かり合えないから…ね。』

そう言うと、藍蓮様は、話を続けた。

『ちゃんと美月ちゃんは、得意にならずに、気づいたろう?
物事には、何にでも表と裏の2面がある。

分別がある人間が花姫側への神獣人の配慮を聞けば、花姫側にはどんな責任があるか?
普通に疑問に思うものでしょ。

ましてや、自分が花姫や花姫の家族なら、得意になるより、

そんな厳しい縦社会で自分はやっていけるのか?とか、

自分の娘は大丈夫なんだろうか?と考えて、

緊張したり、心配したり、不安に思ったり、するんじゃないかな?』

それはその通りだと思った。あの時も、美咲が、どうして、自分がして貰う側しか、思わないのか?疑問だった。

『例え、花姫側の責任を話したところで、美咲ちゃんは、それを真摯に受け止めたと僕は、思えないし、

母さんや僕が何もしなくても、美咲ちゃんはいずれ神獣人社会で問題になるよ。
そういうことを次々と起こす子でしょ。

例え、姉妹が花姫じゃなくても、問題になるよ。あんな我儘で身勝手な子は。

問題がある花姫だと花王子家が知ることが遅くなれば、花王子家の立場が悪くなる事態になりかねないからね。
花姫会だって、早い対処をとるよ。

花姫の問題を花王子家側に、早くに露見させて、花王子家側から本人にハッキリ突きつけさせて、思い直す機会を与えることが、母さんの狙いなんだよ。

そういう花姫会や母や僕の考えは、直接話しを持っていかない対応で千虎家側は、理解していると思うよ。

同じ神獣人社会を生きているんだからね。

美咲ちゃんみたいな子は、それくらい身につまらないと本当に自分の行を思い返したりしないものだし、
だけど、神獣人一族に入る前にそうして貰わないと美咲ちゃんの花王子側が一番、痛手を被ることになるからね。』

『でも、美咲は、要領が良くて、外面が凄く良いんだよ。』

『それ以前の問題だよ。
美月ちゃんや忍葉ちゃんは、花姫会会長の柘榴が、鳳凰一族の当主だと知らなくても、姉妹に贈ったものを花姫会や花王子の前で着よだなんて思わないだろう?

それ以前に、姉妹の物に、手を出そうとすら思わないんじゃないかい?』

これには、美月も私も何も言えなかった。
その通りだったから。

花姫会の会長の母さんが忍葉ちゃんに、贈った服を美咲ちゃんが着ている地点で、聞いた側が納得するような返事できないだろう?

だから普通そんな馬鹿なことを最初からしないんだよ。

だからこそ、千虎家のご両親だって問題視するんだよ。』