君にこれ以上の危害を加えられては、困ると言った神蛇先生の言葉が心に引っかかっていた。

『ねぇ、美月。……私、花紋が出る抵抗が強くて倒れたんだよね?これ以上の危害って何のこと?』

私の言葉に、美月と藍蓮様が顔を見合わせた。

それから美月は、私の方を向くと、

『お姉ちゃんが気を失っている間に、家の中で起きていたことを色々、話たからそれでじゃない。』
と言った。

『そうなのかな…。』

『忍葉ちゃんが、家で、美月ちゃんが話してくれたような扱いをされていることを知ったら、誰だって黙っていないよ。忍葉ちゃんは、花姫なんだ。尚更だよ。』

『でも、それは私の見た目が、普通の人と違うから。人の目に触れさせたくないだけで、それ以外に何かされてるわけじゃないから…。』

私の言葉に、藍蓮様の表情が変わって、

『見た目が普通と違うからって、自分の子を家に閉じ込めたり、普通の親はしないんだよ。忍葉ちゃん‼︎』
と怒鳴るように言った。

美月が、急に、怒りを表した藍蓮様を不安そうに見ている。

私は、目が覚めてから、ずっと柔和だった藍蓮様が、いきなり怒りをあらわにしたことにも、驚いたが、何より藍蓮様の言葉に衝撃を覚えて何も言葉が出ないでいた。

『藍蓮様、大丈夫?』
美月が藍蓮様を気遣うように言葉を掛けている。

『あー、大丈夫。驚かせたね。美月ちゃんも、忍葉ちゃんも、ごめんね。
この話しは今日は、辞めておこう。
それよりも美月ちゃん、アレ渡してあげて。』
と言った。

一瞬、何のこと?というような表情を見せた美月は、何かに思いいたったのか?
表情を緩めて、
『あっそうね。』
と言うと、今度は、悪戯っ子のような表情を浮かべて、奥にあるソファの方へ掛けて行った。

何のことかと美月を目で追って見ていると、
何か袋を持って戻ってきた。

『はいこれ。開けてみて。』
とその袋を渡された。

『何?』

『いいから開けてみてよ。』

恐る恐る開けてみると、中には、紺のワンピースが入っていた。

『うわぁ〜。可愛い?どうしたのこれ。美月に似合いそう。』

『何を言ってるの。お姉ちゃんのよ。洋服が汚れたから、藍蓮様が用意してくれたの。
帰る時、そのままじゃ駄目でしょ。』

ハッとして、自分の着ている服を見た。

ワンピースタイプの部屋着を着ていた。
確かに。これで外に出るのはどうかと思うけど…、

『えっ?いつの間に、着替えてたの?』

『処置室が済んでこの病室に運ぶ前に、看護師さんが着替えさせてくれたみたい。
お姉ちゃん、処置室で、一度目を覚まして、
その途端に、吐き出したみたいで、着ていた服がかなり汚れたみたいだよ。』

『そう。そんなことがあったの…。みなさんに迷惑をかけてしまった…後で、謝らないと…。』

『医者や看護師のことを気にすることはないよ。急患に色々なことが起きるのは、皆慣れているし、仕事だからね。』

『そうだよ、お姉ちゃん。意識を失っていた時のことまで気にすることないよ。』

『…そうなのかな…。』

『それよりもこの洋服、貰ってくれないかい?』

『でも、こんな高そうなのは…。』

『いいじゃない。これ着て明日、一緒に帰ろうよ。』
と言ってから、美月は、急に、不安げな顔を見せた。

『念のための入院って言ってたから、明日はお姉ちゃん退院できるよね。』
と藍蓮様に縋るような表情で訊いた。

藍蓮様は、そんな美月の頭を優しく撫でながら、
『美月ちゃん、大丈夫だよ。明日は、忍葉ちゃん、元気に退院できるよ。』
と言うと、

私の方に、真剣な顔を向け、
『美月ちゃん、忍葉ちゃんが、倒れたことに凄いショックを受けてたんだよ。
だから、忍葉ちゃん、皆んなの心配をしないで今日は、一日ゆっくり休んで。』
と言った。

目が覚めたとき、私が居なくなったら、一人ぼっちになると美月が泣いていたのを思い出した。

本当に不安だったんだなと思った。

『ごめんね。美月、心配かけて。
ゆっくり休むから安心して。』

『うん。』

私の言葉を聞いて美月は、ホッとしたようだった。

『あっそう。服の話し…、
花姫会の龍咲さんの前で可愛い服を着たら、もう、「見劣りするから、可愛い服を着たがらない。」なんてお母さんも言えなくなると思うんだよね。』
と美月が言った。

改めてワンピースに目を落とした。

葉と蔦と赤い実の柄で、腰に赤いベルトがあってレトロな雰囲気で少し大人っぽい。
それに高そう。

本当に貰っていいものか躊躇ったけど、帰る服が無い私に選択肢は無いんだと思って、有り難く頂くことにした。

『ありがとうございます。藍蓮様。』

私の言葉に、美月がホッとしていた。

ノックの音がした。

『龍咲?』

『はい。』

『入っていいよね。忍葉ちゃん。』

『はい。』

『いいよ。入って。』

龍咲さんが戻って来るなり、

『あら、そちら藍蓮様が、ご用意されたお召し物ですか?忍葉さんに似合いそうですね。』
と言った。

『でしょ。お姉ちゃんは、色が白いから、絶対、この紺は映えると思ったんだよね。
この間、柘榴様がお姉ちゃんに贈った服も、似合うと思ったんだけどな。』

『えっ。柘榴様が忍葉ちゃんに、洋服を贈ったの?』

『あ、うん。花姫会に来るはずだった朝、お姉ちゃんが体調を崩して、お母さんが迎えに来た千景さんに何を言ったか話したでしょ。』

『えっ?そんな話したの?いつしたの?』

『お姉ちゃんが気を失って寝てる間。藍蓮様と龍咲さんには、家のことを話したって言ったじゃない。』

言ってたけど、そこまで美月が話しているとは、思わなかった。
だから、神蛇先生は、
「これ以上の危害を加えられては、困る。」
と言ったのかな?それにしても、大袈裟な気がするんだけど……と、物思いに耽っている間にも美月たちは、話し続けていた。

『その朝のやり取りを千景さんが、柘榴様に話したみたいで、
お母さんが、お姉ちゃんのことで、そんなに悩んでいるならって、洋服を用意してくれたみたいで、良かったら、花姫会館に来るときに着てみてって、千景さんから渡されたの。』

『そう。そんなことがあったんだ。贈った服は、どんな服だったの?』

『えっ?服?桜色のブラウスに、桜の花びらが舞ってるようなスカート。』

『ふーん。なるほど…ね。』
小さく呟くのが聞こえた。

何がなるほどなんだろうと訝しんでいたら、

『今日は、着てこなかったんだね。』

この言葉に、美月と顔を見合わせた。

『何かあるの?』

『美咲が、お姉ちゃんは、どうせ着ないから気に入ったから、頂戴。
って取っちゃたから。

家の内覧に行く時に来て行って翔とデートするんだ。って、身勝手なことを、お母さんと楽しそうに話してた。

美咲はいつもそう。お姉ちゃんに、何をしても、お母さんも、お父さんも何も言わないことをわかって好き勝手になことばかりする。』

『そうか…。今まで、2人とも大変だったね。
でも、もうそんなことは、花姫になったら、できないから。もう大丈夫だからね。』

藍蓮様の言う大丈夫が私にはよくわからなくて、なんでそんなことを言うのか、疑問で一杯だったけど、美月はそんな様子はなかった。

『お話中、申し訳ありませんが、少し、いいですか?』
と龍咲さんが言ったので、皆が注目した。

『今、先生とご家族がお話しされています。終わったら、こちらにいらっしゃると思います。』

『それから、中央区管内の家の候補が2軒ありまして、翔様のご家族と美咲様とお母様は、家を内覧に行かれるお話が進んでいますが、
忍葉様と美月様はいかがなさいますか?』

『私は、内覧はいいです。家族と一緒に住むつもりがないから。』

さっきの忍葉の話し振りから、寮に入ることしか頭に無いのだろうと思った3人は、そこに触れようとしなかった。

『美月様はどうされますか?』

『いいじゃない。僕も見たいな、美月ちゃんも、一緒に行こうよ。

美月ちゃんには、中央区管内で家族と住む家と、僕の家と母の家を実際に、見て貰って、
一緒に話し合って納得して、花姫の生活を始めて欲しいからね。』

『藍蓮様が、そう言うなら、見るだけ、見てみようかな。』

『良かった。ありがとう美月ちゃん。』

忍葉は、自分を置いて話しが進んでいくのを、申し訳なく思いつつも、ホッとして見守っていた。

『龍咲、翔君や千虎家は、美咲がご両親と住む家の話を急いでいるだろう?』

『ええ。美咲様たちと一緒に居た千景の話しですと、翔様や美咲様は、明日にも行きたいようでしたね。』

『なら、明日、朝から千虎家と浅井家と僕で内覧へ行こう。』

『えっ。藍蓮様、お姉ちゃん、入院してるんだよ。』

『わかっているよ。だからいいんだ。
僕に考えがあるから。任せてくれないかな美月ちゃん。』

『考えって?』

『忍葉ちゃんは、早く寮に住みたいだろう?』

『うん。』

『忍葉ちゃんが、入院してる明日、千虎家と浅井家と僕と美月ちゃんで、揃って済ませてしまえば、次は、引っ越し後の学校の話に直ぐになる筈だよ。そうだろう?龍咲。』

『はい。そうなるかと思います。』

『それいい。』

『でも、お姉ちゃんの退院は?一人にするの?』

『忍葉ちゃんの退院は、龍咲が付いていてくれるから、心配ないよ。僕がちゃんと不便がないよう配慮するから。ねっ。そうしようよ。美月ちゃん。』

『仕方ないか…。』
と美月がボソリと呟くのが聞こえた。

それから顔を上げると、藍蓮様をしっかり見て、
『わかった。そうする。』
と言った。

『じゃ、龍咲、午前中に2軒内覧できるように手配して、千虎家と浅井家に連絡して。』

『かしこまりました。』

『美月ちゃん、今晩どうする?』

『お姉ちゃんと一緒にいたい。』

『えっ‼︎美月、ちゃんと寝た方がいいから、帰った方がいいよ。』

『あんな家、帰りたくない。』
そう言う美月の表情があからさまに曇っていた。

『何かあったの?』

その時、病室の前が賑やかになったと思ったら、お母さんたちが、ノックもせずに病室にゾロゾロ入って来た。

お母さんと美咲だけだと思っていたら、お父さんも居た。

お母さんは、病室に入ってくるとすぐ、

『藍蓮様、遅くまで、美月と一緒に付き添って貰ってすいませんでしたね。美月、藍蓮様と色々、お話しできたの?』
と言った。

美月は、嫌そうな顔をした。

藍蓮様は、そんな美月の顔を見て、頭を撫でてから、
『いえ。忍葉さんも、美月さんとも、
色々、話せて楽しかったですから。』
と言った。

『お父さん、来てたの?』

『あー、忍葉が倒れたって連絡が来たからな。入院するって言ってたけど、顔色は良くなったな。』

その言葉ではじめてお母さんが私を見た。

美咲は、病室に入るなり、私を睨んだのに。

『少しお話し宜しいですか?』

龍咲さんの一言で、皆んなが口を閉じ、龍咲さんに注目した。

『花姫会では、診断結果を受け止めまして、
花紋が出てはおりませんが、今日より、忍葉様も、美月様同様、花姫とすることに決まりました。』

『花王子が誰かもわからないのに、花姫なの?』

『はい。いずれ花紋は現れるでしょう。
それまでの間、花姫だとわかっているのに、
花姫だとしないわけには参りません。』

この言葉に、美咲もお母さんも、納得していない顔をしながらも何も言えないのか黙っていた。

お父さんだけは、喜色を浮かべていた。

『お話は、それだけです。
お帰りになられる時に、お車の手配を致しますので、お申し付け下さい。』

『貴方、明日も、仕事あるわよね。もう帰った方が…。』

『そうだな。』

『龍咲さん、今から車の手配お願いします。』

『わかりました。』
そう言うと龍咲さんは、病室を後にした。

龍咲さんが出て行くと、
『忍葉。そのテーブルの服はどうしたの?』
とお母さん。

『着ていた服が、汚れたから、藍蓮様が用意してくれたのよ。』
と美月が答えると、

『そんなことをして頂かなくてよかったのに。今日は、本当に、忍葉が、色々、ご迷惑を掛けてすいませんでした。藍蓮様。』

『美月も、悪かったわね。せっかく、花姫だとわかって、藍蓮様に会えたのに、忍葉に付き添わせて。』

『そんなのいい。心配だったから。』

『晶子、明日、忍葉を迎えに来てやれよ。』

『忍葉ちゃんの明日の退院の手配は僕がしますし、退院は、龍咲が付き添います。』

『えっ?』

『龍咲から家の内覧の話を聞いたので、明日の朝、皆んなで内覧に行こうと思って。
ご両親と美咲ちゃん都合はどう?』

『ヤッター。いい、いい、明日がいい。
また、お姉ちゃんのせいで予定が伸びると思ってたから、嬉しい。』

『お母さん、藍蓮様が明日って言ってるんだから、いいでしょ。』

『そうね、でも、翔君のご両親の予定はどうかしら?』

『龍咲に、千虎家に都合を聞くよう頼んでいるから、決まりましたら連絡が来ると思います。忍葉ちゃんの退院は、僕に任せておいて下さい。』

『そうですか、それじゃお願いします。
話が中々、進まなかったから、藍蓮様がそう言ってくれて良かったわ。』

『忍葉、龍咲さんの言うことを聞いて、迷惑を掛けないのよ。』

『はい。』

『お母さん、私、お姉ちゃんが心配だから。病院に泊まる。夏休みだからいいでしょ。』

『美月はまだ、子どもなんだから、病院に泊まらせる訳にはいかないわよ。』

『美月ちゃんは、もう少し忍葉ちゃんと一緒にいてから、僕の母さんの家に泊まったら。

明日も、朝、こっちに出て来るんだし、母さんの家なら、病院にも花姫会にも近いから、
朝、病院に寄ることもできるよ。

昼近くまで、忍葉ちゃんに病院に居て貰ってお昼を一緒に食べて帰ってもいいし…ね。
神蛇先生には、僕から頼んで置くよ。』

『そうする。』

『お母さんいいですか?』

『藍蓮様がご迷惑じゃないなら。良いわよね。貴方。』

『ああ、そうだな。』

『美月がこんなにお姉ちゃん子だとは、思わなかったな。』

ノックの音がした。

『きっと龍咲さんね。どうぞ。』
とお母さんが言った。

龍咲さんが病室に入ってきて、
『車の用意ができたから行きましょうか?』
と言った。

藍蓮様と美月は、車まで、お母さんたちを見送りに行った。

気を失っている間に、美月とお母さんたちに何があったか戻ってきたら、聞かないと、と思っていたけど、美月たちが来る前に、夕飯が運ばれて来た。

龍咲さん達は、その後すぐ戻って来たけど、テーブルに置いてある食事を見ると、藍蓮様が気を利かせて、
『美月ちゃん僕達も何処かで、夕飯を食べてから、また来ようよ。』
と美月を連れて病室を出て行った。

気になって、残っている龍咲さんに、
私が気を失っている間に美月とお母さんたちに何かあった?
と聞いてみたけれど、
想像した通り、
美月様に直接聞いてみて下さい。
と返事が返ってくるだけだった。

倒れたからか?疲れているのか?
夕食をとって暫くすると、強烈な睡魔に襲われて私は、朝までぐっすり眠ってしまった。